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SunSugarSonBlog
一人になりました
皆さん、おひさしぶりです。
小笠原に来て、約二ヶ月が経った。
ブログを書くのも二ヶ月ぶりなので、
なにをどう書けばいいのか、中々難しい。
こっちについて始めのうちは、
意図的に撮ったり書いたりするのを避けていた。
今、自分の目の前にある現実をありのまま
感じたいと思っていたから。
ブログを書こう書こうとしている時は、
体験した出来事をすぐに言語化してしまう癖が
自分にはある。
でも、目の前にある現実の持つ感動が100%だとすると、
言葉で伝えられるのはほんの何%でしかない。
それを体験している先からどんどんやってしまうと、
自分自身ろくに感動する事ができなくなってしまうのだ。
撮影しようとしている時にも似たような事が言える。
カメラを持ってどこを撮影しようかと探している時、
ふだん気付かない美しさに出会う事もあるのだが、
反面、その場を感じる事がおろそかになってしまう。
抽象的な説明になってしまうのだけど、
撮影するというのは保存するということだ。
保存できるという事に安心して、
今の一瞬は一度限りのものだという緊張感が
無くなってしまうのかもしれない。
こうした事から抜け出そうと思って、
とりあえず手ぶらでぶらぶら約二ヶ月、
いろんなものを感じていた。
そしてやはり、
美しい瞬間というものは、
言葉や映像で捉えることである程度保持できるが、
それをしなければ水のように
流れさってしまうものなのだということを
改めて実感したりもした。
それに、人に伝えることができる、
共有することができるというのは、
嬉しいことなのだ。
とりあえずの解決策は、
自意識を最小限にして撮ること。
書く寸前まで言語化しないこと。
仏教の概念でいうところの
『空』ってやつを
体得したいと思っている。
自意識を捨て去り周囲に溶け込む事。
ちょっと間違ってるのかもしれないが、
この島はそんな修行も比較的楽に出来る気がする。
波の音や森のざわめきは、
自意識の深みから抜け出すのを手伝ってくれるから。
ところで今日、
オガサワラオオコウモリに会った。
俺の働いているユースは先週で休館となり、
今日の船で同僚の2人も内地へ帰ってしまったので、
今は自分ひとりしかいない。
多い時は40人近い人がうろうろしていた建物に、
自分ひとりで居るというのはけっこう寂しい。
寂しいついでにこんなブログを書いて、
寂しいついでにコウモリを見に行ったのだ。
コウモリが見られる場所が近くにあるというのは、
ホステラーさん(お客さんのこと)から聞いていた。
コウモリは赤い光にはあまり反応しないそうなので、
ペットボトルをちょん切って赤マーカーで塗りつぶし、
懐中電灯にはめてその場所へ向かう。
オガサワラオオコウモリはその名の通り、
小笠原にしか生息していない固有種で、
翼を広げると幅80cmにもなる大型のコウモリだ。
果物や花の蜜を吸うフルーツバットで、
超音波を出して虫を捕らえるコウモリに比べて
顔がかわいい(らしい)。
超音波で空を飛ぶコウモリの顔がアンテナのような
役割をするためつぶれているのに対し、
フルーツバットは視力をたよりに飛行するため
目が大きいのだそうだ。
http://www2r.biglobe.ne.jp/~fruitbat/
さて、教えてもらった場所にたどり着く。
近くの木の上でバキッという音がする。
なにかいるらしい。
コウモリが集まりそうな所は事前に目星をつけてあった。
巨大アスパラガスのようなリュウゼツランの花。
アロエのような葉の間から5m近いアスパラガスが伸び、
その先端に花が集まって咲く。
その周辺では咲いているリュウゼツランは一株だけなので、
まっすぐそこへ向かってライトを照らす。
ライトが弱くてよくわからないが、
どうもなにかが動いている。
そろりそろりと近寄っていく。
キキッ!ギキッ!
という声がして、巨大なコウモリが2、3匹
リュウゼツランから飛び立った。
警戒しているのか、縄張り争いをしているのか。
しばらくして他のコウモリが花の先に止まると、
再び
キキッ!キキキキッ!
と鳴きだして1匹(1羽?)が飛び立つ。
そんな調子で、花に止まっているのは
常に一匹だけだった。
それにしても、本当にでかい。
花につかまろうとして高度をさげるとき、
バサッという音がするし、
木にしがみつけばその枝が重みで揺れるほどだ。
暗くてよく見えなかったので、
ユースに帰って強力なライトを探し、
光が赤くなるように工作した。
明日は蚊取り線香とカメラを持って、
オオコウモリを激写してきます。
カユい。
小笠原に来て、約二ヶ月が経った。
ブログを書くのも二ヶ月ぶりなので、
なにをどう書けばいいのか、中々難しい。
こっちについて始めのうちは、
意図的に撮ったり書いたりするのを避けていた。
今、自分の目の前にある現実をありのまま
感じたいと思っていたから。
ブログを書こう書こうとしている時は、
体験した出来事をすぐに言語化してしまう癖が
自分にはある。
でも、目の前にある現実の持つ感動が100%だとすると、
言葉で伝えられるのはほんの何%でしかない。
それを体験している先からどんどんやってしまうと、
自分自身ろくに感動する事ができなくなってしまうのだ。
撮影しようとしている時にも似たような事が言える。
カメラを持ってどこを撮影しようかと探している時、
ふだん気付かない美しさに出会う事もあるのだが、
反面、その場を感じる事がおろそかになってしまう。
抽象的な説明になってしまうのだけど、
撮影するというのは保存するということだ。
保存できるという事に安心して、
今の一瞬は一度限りのものだという緊張感が
無くなってしまうのかもしれない。
こうした事から抜け出そうと思って、
とりあえず手ぶらでぶらぶら約二ヶ月、
いろんなものを感じていた。
そしてやはり、
美しい瞬間というものは、
言葉や映像で捉えることである程度保持できるが、
それをしなければ水のように
流れさってしまうものなのだということを
改めて実感したりもした。
それに、人に伝えることができる、
共有することができるというのは、
嬉しいことなのだ。
とりあえずの解決策は、
自意識を最小限にして撮ること。
書く寸前まで言語化しないこと。
仏教の概念でいうところの
『空』ってやつを
体得したいと思っている。
自意識を捨て去り周囲に溶け込む事。
ちょっと間違ってるのかもしれないが、
この島はそんな修行も比較的楽に出来る気がする。
波の音や森のざわめきは、
自意識の深みから抜け出すのを手伝ってくれるから。
ところで今日、
オガサワラオオコウモリに会った。
俺の働いているユースは先週で休館となり、
今日の船で同僚の2人も内地へ帰ってしまったので、
今は自分ひとりしかいない。
多い時は40人近い人がうろうろしていた建物に、
自分ひとりで居るというのはけっこう寂しい。
寂しいついでにこんなブログを書いて、
寂しいついでにコウモリを見に行ったのだ。
コウモリが見られる場所が近くにあるというのは、
ホステラーさん(お客さんのこと)から聞いていた。
コウモリは赤い光にはあまり反応しないそうなので、
ペットボトルをちょん切って赤マーカーで塗りつぶし、
懐中電灯にはめてその場所へ向かう。
オガサワラオオコウモリはその名の通り、
小笠原にしか生息していない固有種で、
翼を広げると幅80cmにもなる大型のコウモリだ。
果物や花の蜜を吸うフルーツバットで、
超音波を出して虫を捕らえるコウモリに比べて
顔がかわいい(らしい)。
超音波で空を飛ぶコウモリの顔がアンテナのような
役割をするためつぶれているのに対し、
フルーツバットは視力をたよりに飛行するため
目が大きいのだそうだ。
http://www2r.biglobe.ne.jp/~fruitbat/
さて、教えてもらった場所にたどり着く。
近くの木の上でバキッという音がする。
なにかいるらしい。
コウモリが集まりそうな所は事前に目星をつけてあった。
巨大アスパラガスのようなリュウゼツランの花。
アロエのような葉の間から5m近いアスパラガスが伸び、
その先端に花が集まって咲く。
その周辺では咲いているリュウゼツランは一株だけなので、
まっすぐそこへ向かってライトを照らす。
ライトが弱くてよくわからないが、
どうもなにかが動いている。
そろりそろりと近寄っていく。
キキッ!ギキッ!
という声がして、巨大なコウモリが2、3匹
リュウゼツランから飛び立った。
警戒しているのか、縄張り争いをしているのか。
しばらくして他のコウモリが花の先に止まると、
再び
キキッ!キキキキッ!
と鳴きだして1匹(1羽?)が飛び立つ。
そんな調子で、花に止まっているのは
常に一匹だけだった。
それにしても、本当にでかい。
花につかまろうとして高度をさげるとき、
バサッという音がするし、
木にしがみつけばその枝が重みで揺れるほどだ。
暗くてよく見えなかったので、
ユースに帰って強力なライトを探し、
光が赤くなるように工作した。
明日は蚊取り線香とカメラを持って、
オオコウモリを激写してきます。
カユい。
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