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SunSugarSonBlog

大事にすること


2008/06/22 02:15  Permalink   del.icio.us livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録 Buzzurl このページを行き先登録

感情的になりすぎて、言葉で人を攻撃しないように、
あくまで、伝えるべきだと思っていることを
うまいこと伝えられるように、気をつけながら、
デリケートな問題について書いてみたい。
書いている途中できっと感情に流されそうになるから、
その時にこの冒頭の文章に戻って、
自分の状態を確かめながら書いてみる。

梅雨が来たから、
たくさんの友達が弱っているのではないかと思う。
たくさんの生き物にとっては、必要な雨なのだけど。


弱っている友達に対して、
その友達が自殺を選ぶくらいなら、
自分にできるどんな事でもしてあげたいと思うことがある。
でも友達によっては、
正直、うんざりしてしまう事もある。
それは例えば、
「自分が死んでもいいのか」
「自分の事が心配ではないのか」
といった風に、
自分の命を人質にして、
こちらの行動を縛ろうとする友達。
相手の立場や、周りの人たちの立場について、
考えようとしないで自分の苦しさを振り回す友達。

とは言え、
自分の苦しさをひた隠しにしているような友達に対しては、
こっちにはまだ余裕があるから、
少しくらい吐き出してくれよ、と思う。

だから、苦しさをアピールする事それ自体が
悪いというわけではない。

僕の尊敬する人がこう言っていた。
「この世で一番つらい事は、孤独じゃないのかなぁ」
僕はその考えに深く、激しく同意した。

自分も本当につらい時は、
そこまで周りの人たちの事を考えられないと思う。
だから、自分を棚に上げて、
前述したような友達のやり方を非難するのは
間違っていると思う。
でも、そういうやり方で来られた時に、
こっちが不快感を持つのも事実だ。
そして、そういう不快感を感じさせている事に、
気づいてほしいのだ。
なぜなら、それは僕とその友達だけの問題ではなくて、
その友達と、友達を囲む全ての人たちとの問題でもあるから。

自分が孤独で辛い時に、
その苦しさを駄々っ子のように振り回すと、
さらに孤独になってしまうと思うのだ。
秋葉原での無差別殺人事件でも、
容疑者のケータイサイトへの書き込みが公開されていたが、
被害者意識とすねた態度ばかりの言葉に、
どこまで周りがついて来てくれただろうか。
彼は自殺したわけではないけれど、
ああいった無差別殺人っていうのは
少し自殺にも似ていると思うのだ。
もちろん、自殺よりも恐ろしい事なんだけど。

それぞれの人には、
それぞれの過去がある。
例えばいじめられた体験というのは、
その人の以後の人間関係に決定的に影響するとは思う。
親による虐待(無関心を含む)もそうだ。
人の心が理解できないという事を、
単にその人の努力不足だと決め付ける事はできない。

でも、人の心を理解するとは?
なんて考え出すと、容易に答えは出ない。
そうではなくて、
たとえば、相手が自分の事をいたわってくれている事に
気づくとか、
自分の言葉が相手を傷つけた事に気づくとか、
もっと単純な話、
自分がありがとうといったら相手が喜んだとか、
そんな些細な人間同士のつながりが、
社会で暮らすためには絶対に必要だと思う。
今の社会が、そういうつながりを
あいまいにする方向に向かっていってるのは、
否定しがたい事実だし、嘆いて変わるものでもない。

だけど、人のしてくれた事に感謝できる力は、
人をすごく安定させると思う。
自分の命を支えていてくれるものすごくたくさんの存在に、
意識的になれたら、すごく心強いと思う。

だから、弱っている友達に、
旅に出てほしいと強く思う。
あえて、不便な状況に飛び込んでほしいと思う。
ほとんどいつでもATMからお金が引き出せて、
そのお金があれば大体何でもできる状況ではなくて、
腹が減っても店はなく、
道もわからないような状況とか、
誰かに助けてもらわないと
やっていけないような状況に飛び込んでほしいと思う。
それは、人間に限った話ではなくて。
色んなものに助けられるはず。
そしたらそのうち、誰かを助けられる自分に
なれるかもしれない。
そうしたら、すごく誇らしい気持ちになって、
自分の事が好きになるかもしれない。
もちろんお金だって、苦しみに耐えて稼いだものなら、
決して軽んじていいわけじゃないけれど、
でもやっぱり、人の感性を麻痺させる危険が
つきまとっていると思う、お金には。
稼ぎ方と使い方によりけりだけど。


ちょっと説教くさくなってしまった。
自分の意見を押し付けすぎているかもしれない。
それに、ブログで書いて伝わるような事では
ないかもしれない。
偉そうに語って、何様だと、頭の中で声がする。
だれもがそんなに気楽に、旅できるわけではない、とか。
もちろん、旅で全てが変わるわけではないし。
でも、旅に出られない理由って、
何をしてでもクリアできないような
重苦しいものって、そうそうないのではないだろうか。
一生放浪すべきってんじゃなくて。
少し、新しい見方をかじるって事。
それでひたすら長い苦しみが、
少しでも楽になるのなら、
もしかして生きるのが楽しくなるのなら、
仕事なんてまた今度できるから、
行っちゃって下さい。
こうじゃなきゃいけないって生き方は、
本当に自分で決めたものなのか。
使い古された言葉だけど、
自分の人生だから。


人の気持ちをいやというほど理解していても、
死にたくなってしまう友達だっている。
自分よりも、圧倒的に繊細な友達を前にした時。
そういう時、自分に何か伝える事が
できるだろうかって不安にもなる。
日々の中の暖かいものや、
笑えることを、
共有できたらな、と思う。

自分には大した事はできないかもしれない。


でも、僕は当分死なないつもりだ。


だから、少しは役に立てるかもしれない。




追記:レクリエーションって、子供のころ何なのか
よくわかってなかったけど、こないだ英語でrecreationって
書いてあるのを見て、これってre(再び)creation(創造する)
なんだなって気づきました。ただ楽しんだり、憂さ晴らしを
したりって事は、人間を新しくする事だったんだなと。


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