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SunSugarSonBlog

イタチノヘ 06


2009/10/15 03:06  Permalink   del.icio.us livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録 Buzzurl このページを行き先登録

私は彼の隣におもむろに腰掛け、
カウンターの上に80年製のリング型トーカーを
無造作に置く。
彼は目を丸くし、トーカーと私の顔とを交互に見比べる。

「ごらんになりますか?」

彼は未だ信じられないといった様子で、
半ば口を開けたまま、
ゆっくりとトーカーに手を伸ばす。

私は声をひそめる。

「知ってのとおり、フィレモンの影響を受けない、
旧式のトーカーです。耐久性は劣りますが、自由は
保障しますよ」

トーカーは通信機能とID認証装置、電子マネーとを
備えたもので、クリーンの生活に必須のアイテムだ。
トーカーが無くては通過できないゲートも多く、
それはほとんどのクリーンの顔と、良心とを代弁している。
良心を代弁するというのはつまり、ひらたく言えば、
トーカーが個人に代わり、やって良い事といけない事の
判断を行うという事だ。
細かく言えば、トーカー自体がそういった判断を行うのでは
なく、フィレモンから発せられるある種の電波が、
トーカーで増幅され個人の意識に作用するのである。

役所は(役所の人間は自分達の所属組織を『セイフ』と呼ぶ)
市民の倫理意識をコントロールする事を切望してきた。
フィレモン・プロジェクトはその最終的な形だ。
シティ内の景気を一定の水準に保つため、
価格、賃金、需要供給などの値を常に管理する、
いわばシティの家計担当であるマザーコンピュータの
『コンシューマ2』に対し、
ファザーコンピュータであるフィレモンは
人間の無意識に直接作用し、
倫理意識を書き換える。
これによって、昨日まで平気で子供を殺せたような男が、
トーカーをつけただけで、拾った小銭のネコババにすら
戸惑うようになると言われている。

導入に際し人権団体は猛烈に反発したが、
いつものアレで、大多数の人間がぼんやりしている間に
法案は成立し、フィレモンはほとんどのクリーンの
意識の中に進入する事に成功した。
これによって、シティ内の犯罪発生率は格段に低下した
そうだ。
こうした発表のほとんどが役所の発表によるものなので、
そのまま鵜呑みにできるものではないが、
大きないざこざをシティで見かける事はほとんどなくなった
のは事実だ。
その反動なのかどうかは解らないが、常に一定水準の苛立ちを
プールのように溜めている人々が増えた気はする。
突発的な怒りが、本人を救う事もあるのかもしれない。


「お幾らですか?」

彼がついに口を開く。

「そうですね…まあ、20ってとこですかね」

「20!」

彼はその数字に衝撃を受け、
思わずトーカーをカウンターに置いた。

「ずいぶんするんですね」

「ご存知でしょうが、今これを手に入れられるのは、
ここしかありませんよ」

彼は、ふううと長いため息をつき、額に手を当て、
何かを計算し始める。その間もチラチラとトーカーに
視線を送っている。少し思案に疲れてきた様子で、
おもむろにグラスへと手を伸ばした。

その瞬間、私は彼の視界の中のグラスの位置を、
ほんの少しだけ、ずらす。

彼の手がガチャリとグラスを倒す。
氷とソーダ水が勢いよくカウンターの上を流れ、
トーカーを濡らす。

「えっ!?」

「ちょっとっ!!」

私は慌てた振りをして、濡れたトーカーをすばやく手に取る。

「今のトーカーとは違うんだから…」

私はマントの裾でトーカーを拭き始める。

「すっ…すいませんっ!あっ…これ、使いますか」

「結構です」

彼の差し出したハンカチに目もくれず、
私は拭いたトーカーの動作確認を行う振りをする。

「……」

「…どうですか?」

私は彼の目をちらとにらみ、ふうとため息をつく。

「駄目です」

彼の顔がみるみる青ざめていく。
私は心のなかでほくそ笑んでいる。
こんなことができるのも、フィレモンの束縛を受けていない
おかげなのだろうか。
私はもったいぶった調子で続ける。

「さて、どうしましょうかねぇ」

「……すいません」

「いやいや、まあわざとじゃないでしょうけど」

「もちろんです、どういうわけか、手が…」

「まあまあ、お気の毒ですけど、弁償して頂くか…」

「…!」

「いや、待てよ、いい考えが」

そう言って私は、鞄の中を探り、美しい細工を施した
ガラス瓶に入った水を取りだす。

「これは非常に貴重な水です。砂漠の向こうのオアシスで
採取された水に特別な配合の薬草を混ぜたもので、
疲労回復、万病の治癒に極めて迅速な効果があります」

彼の表情が、うしろめたさから訝しさへと変わりかける。

「これを何本か買って頂ければ、さっきの件は
水に流しましょう。どうです、すこし試してみますか?」

「そんなにすぐに効くものですか」

「まあ試してごらんなさい」

私はもったいぶってガラス瓶の栓を開け、
空になった彼のグラスに、1/10ほど聖水を注ぐ。
彼はにおいを確かめ、おそるおそる口に運ぶ。
私は、いっそう力を込めて、彼に念を送り込む。

「…なんだか、体が軽くなってきました」

「もう少し待ってみなさい」

私はさらに彼に念を送り続ける。
彼の気持ちが疑わしさを離れ、食いつき始めているのを
手触りとして感じる。

「すごいです!体中の痛みが…!」

私はおもわずにこりとする。

「はいはい、そこまで」

念を送るのに集中していて気づかなかったが、
背後に二人の男が立っていた。

明らかに、普通の人間ではない。


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