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SunSugarSonBlog

イタチノヘ 09


2009/12/27 20:55  Permalink mixiチェック  


上下に高く広がった市街地の隙間を縫うようにして
トンボを飛ばす。
このあたりの建物はほとんどが巨大化した孟宗竹でできている。

トンボやハエなど、巨大化させた昆虫の運動神経をコントロールして
乗用とする事には、動物愛護団体からの抗議が今も絶えないが、
金属資源の極端にすくないこの世界では、利便性が倫理精神を
押さえ込んでいる形だ。
生殖能力と補食のための攻撃性を除去された、
巨大なクローン昆虫たち。
寿命も科学の進歩によって伸びているとはいえ、トンボの
乗用可能期限はおおむね一年といった所だ。
だが、四枚の翅を自在に動かし、ホバリングも可能で、
障害物や飛来物などに対し半自動的に回避行動を行うトンボは、
地表に汚染物質の体積するこの市街に最も適した乗り物だろう。
餌には食中(食品中央管理局)の製造する、動物性タンパクを
豊富に含んだキューブ状の飼料、通称「ピンク」が与えられるが、
あの巨大な大顎でピンクをガツガツとやっている様を見るのは、
いかにも現代科学のグロテスクな一面を
見せつけられている気がして、ぞっとする。
ごくまれにではあるが、年に数件、人身事故も起きているらしい。
つまり、飼い主であるはずの人間をトンボが誤って
食べてしまうというものだ。
およそ信じがたい話ではあるが、攻撃性が除去されているとはいえ、
生物の再生能力には恐ろしいものがある。
いつのまにか本来の攻撃性に関する神経回路を再生し、
不用心な人間に突然襲いかかるというケースも、考えてみれば
それほど突飛な話ではない気がしてくる。
そのような危険を知りつつも、我々は日々、トンボに
またがってこの街の空を飛んでいる。
そんな事に思いを巡らし、また不必要に憂鬱な気分がぶり返して
きた所で、目的の建物が見えてきた。

我々の所属するアスナ教の荒木町支部。
37階の止まり木にトンボを止めると、ふいに声をかけられた。

「おう、ツナグ」

バルコニーには知り合いのタケムラが丁度出てきた所だった。

「よう、調子どうだ」

「うん、まあまあだな。なかなか売り上げが出なくて
苦しいとこだけど。悪い噂でも流れてんのかな」

「悪い噂?」

「バザールで怪しげなモンを売りつけられたってさ、
被害者がわめいてんのかもしれんぜ」

「そんなの今に始まった事じゃないだろ。それより、何か
上に変な動きはないか」

「?どういう意味だ?」

「昨日、警察に挙げられた」

「!!あのシマに出入りはないはずだぜ」

「だから聞いてるんだ。何か事情が変わったのかも」

「。。。関係あるかどうかはわからないが」

「なんだ」

「組織は、ある女を捜し始めたらしい」

瞬間、私は心臓が凍り付く思いをした。
咄嗟に、心のカーテンを下ろす。
タケムラはテレパスとしての才能はたいして持っていない。
表面さえ取り繕えばこの動揺は隠せるはずだ。

「どんな女だ?」

「それが、顔写真すらないんだが、上が言うには、
『内側に住む女』なんだそうだ」

「。。。そうか、それはつまり、
ゲイの奴はカミングアウトしろってことだな」

私の苦し紛れのジョークに、タケムラは辛うじて笑ってくれた。

「これから仕事か?」

無意味な質問を投げてみる。

「いや、今日は家族サービスだ。嫁と息子を連れて買い物さ」

「家族持ちは大変だね。ほどほどにしろよ」

「わかってくれるね。ありがと。じゃあ、また」

「おう、また」

タケムラは自分のトンボの方へと歩いていった。
私には、建物の扉を開ける勇気がなかった。
こんな時にタバコでもあれば、この場所に突っ立っている
不自然さをごまかすことができるのだが、
あいにく法律で廃止されてもう数年になる。
仕方なしに私は、片方の靴を脱ぎ、振ってみて、
何か異物が出ないかと確かめる振りをした。
ついでに足の裏に刺が刺さっているジェスチャーも
付け加えてみた。
幸い、タケムラはそんな私の努力に見向きもしないで、
まっすぐに自分のトンボに向かい、飛び立ったようだ。

どっと疲れが押し寄せる。
だがここで気を抜くわけにはいかない。
建物の中はテレパスだらけだ。
強力なテレパスならば、私のカーテンなどあっさりと
通過して私の不安を感じ取ってしまうだろう。

私は可能な限り平静を保ちながら、
自分のトンボにまたがり、アクセルを踏んだ。
せっかく休めたばかりなのに、再び強制的に
空を飛ばされるトンボの不機嫌さが心に伝わってきたが、
今は一刻も早くこの場を逃れたかった。

今まで自分を守ってきた組織が、
自分の敵に回る可能性を考えると、
コンプレクソンを一箱飲んでも眠れないのではないかと
いう気がした。


不安と恐怖で頭が混濁したまま、
あてもなくトンボを飛ばした。

トンボの体力が限界に近い事に気づいた時、
あろうことかそこは食中の生産センター上空だった。
一般市民が生産センターに近づく事は許されない。
我々には、自分たちが食べる食物の生産工程を知る権利がない。
建物の周囲にはリビングセンサーが数体配置されている。
五感、いやおそらく六感の知覚を特殊な装置によって限りなく
鋭敏にされた生きたセンサー、所定の位置に座ったまま栄養と
(座ったまま享受できる)あらゆる娯楽とを供給され一生を過ごす、
新しい引きこもりの形態だ。

リビングセンサーの一人が私の意識に警告を飛ばしてきた。

「ここは飛行制限空域です。ただちに離脱して下さい」

私は大慌てでハンドルを切った。
数km離れた先にブロッコの建設予定空き地が見えた。
あそこまでこのトンボが保つだろうか。
滑空だけでもなんとか届きそうな距離ではある。
瞬時に方向を転換したから、
リビングセンサーには脅威と見なされていないはずだ、
そうである事を願う。
脅威と見なされれば、即座に迎撃用のハエが離陸し、
追跡、撃墜されるだろう。

リビングセンサーからの警告はその一度きりで、
私はどうにか草の生い茂った空き地に着陸する事ができた。
周囲には誰もいない。
ただ、いつのまにか眼前に女が一人立っていた。


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