What'sNew  / Films  / CreativeCommons  / Weblog  / OrderUs

SunSugarSonBlog

認められる事


2010/04/09 11:19  Permalink   del.icio.us livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録 Buzzurl このページを行き先登録

ようやく春らしくなった。
いくつか同時進行していた仕事が一段落して、
珍しく早めの時間に目が覚めた。
何に時間を使おうかと考えて過ごせる午前中というのは
とてもすばらしいと思う。
みそ汁の大根を余熱で煮ながら、
その時間で少し書いてみようと思った。

今日は新しい家を下見に行く予定。
また引っ越すのだ。
引っ越しの妖精が憑いてるんじゃないかと思うほどの
引っ越しの頻度なのだが、
これでしばらくは落ち着くと思う。
たぶん東京の西の方、自然に近くて、
都心にも出られる距離の所になるだろう。

今日は久しぶりに胸の内が疼いた。
同年代の友人がメディアに評価されている記事を見つけて、
ありていに言えば嫉妬心と焦燥心が顔をのぞかせたのだ。

最近はだいぶ暮らしが落ち着き、
仕事もいいペースでこなせるようになってきたから、
経済的にも安定してきて、
憂鬱な気分に飲み込まれて動けないような事は
ほとんどなくなったと言っていい。
反面、作るという事への渇望を感じる事も少なくなっていた。
新しい映画のアイデアを書きためるノートは、
去年1年で一冊半ほど進んだのだけど、
この何ヶ月かほとんど開いていない。
ギターも弾くには弾くけれど、
夢中になって時間を忘れるような弾き方ではない。

飢えと想像力のバランスというものがあるのだろうか。

地元から東京に出てきた頃は、
自分の未熟さなどほとんど知らず、
恐れを知らぬが故に創る事は容易かった気がする。
もちろんクオリティの至らないものが
ほとんどであったかもしれない。
それでも、すごい瞬発力だったなあと、
今振り返ってみて思うのだ。
思いつくのも早かったし、
実行に移すのも早かった。
認められたくて仕方がなかったんだと思う。

認められたいという気持ちに
恥ずかしさを感じるようになった事、
それは幸か不幸か。

こういう思考を始めたときに、
頭をよぎる二つの作品がある。
正確に言えばその中の一節。

一つは中島敦の『山月記』。
終盤、虎に身を落とした主人公の李徴は、
旧友に自分の心情を吐露しこう語る。

「己(おのれ)の珠(たま)に非(あら)ざることを惧(おそ)れるが故(ゆえ)に、敢(あえ)て刻苦して磨(みが)こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々(ろくろく)として瓦(かわら)に伍することも出来なかった。」


もう一つは、サリンジャーのフラニーとゾーイーから。
これは手元に本もないので記憶に頼るんだけど、
母親がゾーイーに向かってこんな内容の事を言う。

「知性だ感性だとか、そんなものを磨きに磨いてナイフみたいに鋭くなったって、それで幸せになれなかったら何の意味があるんだい?」


この2作品に自分の心情を重ねる事自体がすでに
傲慢な気もするけれども、、、(2作品の主人公、
李徴とゾーイーとは共にとんでもない天才である)

生活と創造とがつながっていけるような道を模索している。

まずは、東京にいる間にバンドをもっとやっておきたくて、
今mixiに音源をアップしてメンバーを募集している。
何人か連絡をくれた人があったので、
近いうちにスタジオに入ってみるつもりだ。

朝飯の支度の途中で長々と書いてしまったので、
もう頭がまわりません。
朝ご飯は大事ですよ、みなさん。


<<  砂絵  |  夢に関する省察 >>

   日本語  |  English

Search

OrderUs

Order

Twitter

follow me on twitter!
ajax load ロード中...

Podcast

Podcast Video Podcast
SunSugarSonPodcast

RecentUpdates

ContactUs

gmail

Administrator

login

Thanks


Support CC - 2008


撮影会社の一括見積なら撮影見積.com