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SunSugarSonBlog

パライソ制作ノート


2007/12/20 18:05  Permalink mixiチェック  


某SNSで書いてた日記からの抜粋です。
完成したとか何度も言ってたり、
商業的なところを狙ったなんて
どの口が言ったんだって感じで、
読めば読むほど俺は恥ずかしいのだけど、
まあなんとなく、こんな風に作りました
ってのがわかるかなぁと思って。。。



2006.01.05

何年かかってんだかよくわかんないけど、脚本ができました。
あぁよかった。
サスペンス風の物語です。そこそこの長さになりそうです。
もう少し、女性を描けるようになりたいです。

ともあれ、撮影のスケジュールを立てられる事がものすごくうれしい。
ここまで励ましてくれた人、支えてくれた人たちに心から感謝します。



2006.01.28

改稿を重ねているのだけど、
どうも男が全部オレみたいな語り口になってしまう。
視野が狭いのだきっと。
もっと周りの人の話してる事を聞かないと。
表面的な部分ではなくて、その人はどうやって
コミニュケーションの取り方を考えているかって事を、
想像力をフル活用しながら、
他人の思考の輪郭を、上手い事トレースしなくては。


2006.03.01

こないだの日曜にクランクインしました。
新しいカメラを使うんで、簡単なシーンを、1つ半。
手際悪い。
一年半撮ってなかったからこうなのか。
カメラは回していたんだけど。
いままでの感覚で現場に臨んでいてはいけないのかもしれない。
今回の作品は1時間半を越えそうな気配だ。
ストーリーもある程度商業的なところを狙っている。
気を許せる仲間とだけ、甘く緩慢な撮影をしていい状況ではなくなっているのかもしれない。
今年で24になるし。

ビルの脇を堕ちてゆく鳥
重力に身を任せて
衝突の7m手前
ふっと体をひねり水平に滑り出す
死に向かう力を
生へと向けなおす
あのひねりを
映画に刻みたい

鳥の話ばっかりでごめん。
鳥が好きなんです。



2006.03.15

撮影が進んで、そのたびに編集して、少しずつ、
イメージが確かなものに変わって行くのは、
すごく不思議な体験です。

このあいだ撮影候補地を探しに九十九里の方へ行って来て、
すごく味のある砂浜を知ることができたんですが、
そこに、海の絵を描いているグァテマラ人の絵描きさんが居て、
すごくびっくりしたんです。
何故かというと、僕の書いた脚本の中に、
南の島で海の絵ばっかり描いている、
東欧の絵描きとイルカがうんたら~というくだりがあったため。
国籍違うし、
場所は九十九里だし、
そもそも彼は海を描いたのは今日が初めて・・・
なんだけども、
これは棚から牡丹餅というか、
いわゆるシャッターチャンスだよっ!!
と思い、カメラを回してきました。
撮ったあとで出演交渉もしたし。

でね、
そのイルカと絵描きがうんたら~ってくだりは、
映画の中に出てくる映画監督の作り話で、
それを彼は自分の映画の中で台詞として使うんです。
「イルカと絵描きがいてさ」
みたいな話をしながら、
砂浜を歩いてる女と、
「その話嘘でしょ」
なんていいながら、
一緒に歩いている男を、
撮影してるスタッフ達、
っていうシーンなんだけど
これはもう、俺からしたら、
嘘の中の嘘の中の嘘の中の嘘ぐらいの話なわけです。
(まぁ今回の映画はほとんどがそういう構造の中にあるんですが)

にも関わらず、
本物の絵描きを映してしまった。


やばい。


嘘が本当になった。


大げさに言うとそんな感じの、
ポジティヴな驚きをくらって、
映画の結末も少し、
ポジティヴな方向にシフトしようと、
思った次第です。
まぁ嘘でも本当でもいいじゃないか、と。

そんな九十九里で今週末ロケしてきます。
天気が心配・・・



2006.03.27

息遣いの荒い流れの中では
コントラストを
息遣いの緩やかな流れの中では
グラデーションを
注意深く使ってみる。


一昨日
ファインダー越しのガラスに
自分が映っていて
出発点を思い出した。
それが到達点になる。



2006.05.08

まる一ヶ月、足踏み状態だ。
脚本に納得がいかないとか、ロケ地が見つからないとか、役者のスケジュールが合わないとか、撮影や録音、照明に関する技術的な問題は山積みなのだが、
それにしたって一ヶ月は長すぎる。

失敗を恐れるあまり、失敗する事を先延ばしにしようとしているの
だろうか。
自分に対する評価を気にするあまり、身動きがとれなくなったのだろうか。

とりあえず、ロケ地を決めて、役者とスタッフのスケジュールを調整して、ワンシーンでもいいから撮影を再開したい。みんなそれぞれに仕事を持っている人たちなので、こんな行き当たりばったりのやり方ではその内すぐ限界がきてしまうかもしれないが、この状態が長引くと、映画の内省的な傾向が強まりすぎてしまうのではないかと。
すでに禅問答のような脚本になりつつあるので、ここらでひとつ、アウトラインをはっきり取りたい。答えの出せない問いについて思考する事は無駄ではないけど、部屋で苛々しながら思いつめるよりも、カメラの後ろに立って考える、感じる事のほうが重要なはず。

自分の信じる事を行う。自分の行う事を信じる。ただそれだけ。
だって。



2006.06.17

ふぅ。
昨日、久しぶりに、編集に没頭して時間を忘れた。
重い重い足をどうにかひっぱたいて進んでいた感のあった
ここ最近の撮影、編集作業だったけど、
トレインスポッティングの如く食糧を買い込んで、
引き篭もり編集狂いを続けていたら、
ランナーズ・ハイと言うには温すぎるけども、
なんか「もっと!もっと!」って気分になってきて、
なってきたトコで会社行く時間になったわけなんだけども。

PCの前に山と積まれたDVテープ、
ほとんどタグの付けられていないそれらの中から、
必要な声や身体や風景を探し出すのは、
混乱した思考の中から、
人に伝えるに足る何か(そんなものがあるとして)を
見つけようとして、必死で頭を振り絞るのに似ている。
ところが頭を振り絞る事よりも、
何気なく口からこぼれた言葉が、
人の心を捉えて放さないなんて事もあるわけで、
ちょっと上手く回り始めたからって
全面的に自己肯定できるわけではないが。

それでもとりあえずは、
自分を信じてやって見る事にしよう。
まだ会社なんだけど。



2006.10.13

海沿いの岩場に作られた、
細くて滑り落ちそうに傾いた道を、
古い友達と自転車に乗って急いだ。
たどり着いた場所からは、赤紫に強く染まった巨大な空と海と、
朝日の中に色彩を質感とを蘇らせた島とが見渡せて、
僕は息を弾ませながら、携帯電話のカメラを起動した。
手元にこのカメラしかない事を惜しいと思う暇もなく、
手ブレしないようにしっかりと脇をしめて、
夢中でシャッターを切った。
「そこへ入ったら駄目だ」
小柄だががっしりとした、漁師風のおじさんが近づいてきた。
「危ねぇからよ」
4、5回シャッターを切ってから、僕は応じた。
もう道は終わっていて、足元はごつごつした岩だらけだったから、
ぼくらは自転車を肩に担いだ。
「持ってやろうか?」
おじさんが尋ねた。
「大丈夫です」
僕は答えた。
そして歩き始めたその時、僕は前を歩く友人に叫んだ。
「これがもしも夢だったらこの写真は残らないし、これは夢だって可能性が高い!」
可能性が高い、確かにそう言った。泣きそうな声で。
友人もおじさんも、困った顔をしていた気がする。
帰る道すがら、何度も何度も携帯のデータをチェックしてみたが、
次第にどの写真があの朝焼けだったのか曖昧になり、
やがて目が覚めると、そこは病室だった。
入院してから毎夜何度も目が覚めるようになっていた。
携帯電話の電源は切れていた。
薄暗く緑色に照らされた廊下を歩いてロビーまで行った。
ソファに座り、東京駅の方を眺めた。
たくさんの巨大なビルが、闇の中で赤い目を瞬いている。
僕は瞬きのできない左目でそれを見ながら、
あの朝焼けを思い出して、
写真に残さねば気がすまないというのは、
あさましい事なのだろうかと考えた。



2007.01.24

編集が終わって昨日、
IMAGE FORUM FESTIVAL 2007 に出品してきました。

このフェスティバルは実験、アート映像なんかを中心とした
コンペティションで、
自分の作品が応募資格を満たしているのか
確信できないまま、
締め切り直前に新宿郵便局に滑り込みました。

商業的な所を狙うとか書いたりしましたが、
ウソでした。ごめんなさい。
蓋を開けてみれば
初期のミステリー仕立てのプロットが、
自意識の巨大な重力に引っ張られて、
自分でも予想していなかった方向へ飛んでいきました。

やりたい事をやってしまった。
ので、批判は受けます。
でも、自分としては初めて、
閉じた世界の作品ではなく、
作品世界を通じて現実世界と自分の
関わり方を見つめなおせるような、
そんな作品が作れた気がします。

関わってくれた全ての人、
本当にありがとう。

2月中に渋谷辺りで上映会をやりたいなと
考えています。
詳細はまた追って。
50分ばかしの混沌に付き合って頂ける方、
ぜひお越し下さい。



2007.07.20

布団にもぐりこんでから
あ、あれをこうしようとか
これをどうしようとか
考え出すと興奮してきて
眠れなくなるというのは
これだけずるずるやっていても
まだ映画は死んでいないと
いう事なんだな、と思う。

撮るということは
一方的な搾取や暴力ではなく
時差を伴うコミニュケーションだ。
撮る事で相手の意識は変化するし
そうして変化した相手の意識を
映像を見返す事で追体験する。
やりようによっては
搾取や暴力にもなりうるけれど
こっちで受け入れ態勢さえ
整えておけば
案外、喋るようなものかも。

そんな事を思いつく
いつもその時は
あぁ、これだって思う。。。

友達がカラックスに会える事になったらしい。
なぜか俺までドキドキする。

ところで誰か、いい上映会場あったら教えてくれ。



2007.08.09

淡い色が東京湾をはさんだビル群の向こうに押しやられて、
せみの鳴き方が変わって、
鈍い色が空を覆い始めた。
ビルの上、かすかに残っている黄色い光と
鈍い青とが混ざり合うあのへんの
色合いを言葉でどうやったら表現できるだろうか。
考えてもそんな色の名前を知らないので、
芝の上に仰向けになってタバコに火をつけた。

この1年くらい、なかなか休められなかった神経が
最近ゆるんできたのを感じる。
ぼんやりと口を開けることができるようになった。
色んな事を思い出しても、あまり歯をくいしばらなくなった。

(キビレダイの腹の色かな)

不安な感情は消えはしないけど、
それに気付いてそっと寄り添ってやるだけで、
感情は少しずつ落ち着きを取り戻すってのは
本当らしい。
相変わらず左目はばっちり閉じられないが、
おかげでまどろみながら世界を見ていられる。

物語へもう一度戻る事にした。
信じる限り、自分に起きた全ての事は現実だ。
どこまでが俺の妄想か、ラインを引く事なんてできない。

自分がもがいて、苦しみながらつかんだ物を、
記録しておきたいと思う。
人を救うなんておこがましい事を考える前に、
自分が平和になる事がスタートラインで、
大声で自分の存在を主張するのではなく、
自分の咲かせたい花を育てて、
それに人が目を止めて喜びを感じてくれるなら、
そんなにいい事はない。

(熟れ始めたマンゴーの色かな)

心のしこりが全部とれたら
左目も安心して閉じられるようになるって
そんなジンクスをいつの間にか作り上げている。
もしかしたら一生閉じないのかもしれないが、
とりあえず素直になっとけば
間違いないと近頃思う。

身を起こしてあたりを見ると、
空は既に真っ黒だった。
時間は過ぎていて、
自分も、いつだって、
その流れの中にいるのだ。


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