What'sNew  / Films  / CreativeCommons  / Weblog  / OrderUs

SunSugarSonBlog Page 3

かるく


2010/12/21 22:18  Permalink  

なるべくさくっと、
なるべく毎日、
綴ってみようと思った。
書こう、書こうと思って
仕事から帰ってきた。
あんまり溜め込んでしまうと、
もったいぶってしまって、
あれもこれも一度に伝えたいと
思い詰めたようになってしまって、
それで身動きが取れなくなってしまって、
そのうち、何が伝えたかったんだか
よくわからなくなってしまうから。

以前にも何度か似たような決意を
したみたいだけども。
だから今回も続かない可能性は
高いのだけども、
気楽な禁煙みたいな感じでやってみよう。

自分の言葉が取り戻せるかなあ。

今日は仕事から帰って夕食を作った。
雨の中を畑に出て、
白菜を取ってきた。
なんだか野菜泥棒みたいだと思った。
やはり白菜・大根は冬でもよく育つ。

白菜と鶏はむのペペロンチーノと、
オニオングラタンスープを作った。
けっこう美味しかった。
夕食を食べてる途中で、
何か物音がした。
風でドアが鳴ったのか、
お隣が雨戸を閉めてる音かなにかだと
最初はそんな風に思ったのだが、
どうやらノックらしい。
こんな雨の中何だろう、と、
チェーンをつけずに鍵を開けた事を
少し後悔しながらドアを開くと、
お隣のおばあちゃんが立っていた。
大家さんが置いて行ったまんじゅうを
わざわざ届けに来てくれたらしい。
受け取ったまんじゅうの包みの中には、
まんじゅうの美味しい食べ方についての
注意書きが入っていた。
饅頭屋のものかと思ったら、
どっこい大家さんのタイプした手紙だった。
タイトルが、
「甲州道中(旧甲州街道)野田尻宿(山梨県上野原市西部)の、
昔ながらの手作りの饅頭です。」
とあり、
その下に大家さんの名前と電話番号と住所という
念の入った文責表記である。
饅頭の保存方法には、極めて厳格な注意がしてあった。
加えて、電話もかかってきた。
師走の挨拶と、饅頭の保存方法についてだった。
すごいなこの人、と思った。
饅頭は今日食べるぶんを残して冷凍しました。
安心して下さい。

韓半島の情勢が気になって
ニュースをチェックをしていたら、
面白いものを見つけた。
YouTube Playという、
YouTubeとグッゲンハイム美術館が
共同開催している、
世界でもっとも優れたオンライン動画を
決定するコンペティションで、
候補作品を全て視聴する事ができる。
まだ全部は見ていないけれども、
ほほー、才能じゃ才能じゃ、
すげえなー、という感じです。
刺激されました。
晩飯食いながら聴いていた
アニマルコレクティブが、
審査員に加わっているっていうのも
なんだかグッとひかれました。
自分はそういう偶然に弱い。

雨が強くなってきました。

とりあえず今日はこんなところにしておこう。

おやすみなさい。


時間貧乏


2010/10/18 13:47  Permalink  

二足わらじの暮らしをはじめて、
一ヶ月と少しが経った。
その間、思う事は色々とあったのだけど、
なかなか書く事ができずにいた。
今日は、上の人たちが会議をしているので
発掘現場は休み。
先週末、先々週末と撮影が3件重なり、
編集すべき映像がたまっているので、
丁度いいのだけれども、
それに手をつけてしまうと
たぶんまた書けなくなってしまうだろうから、
その前に少しアウトプットしておこう。
時々吐き出して整理しないとこんがらがってしまう。
書きたい事を覚えていようとしてしまうから、
意識が妙な緊張状態になる。
(これは自分がたびたび見る、
夢を持ち帰ろうとする夢に似た状態だ。)

さて、何から書こうか。
まずは、時間の進み方が早くなった事。

平日は、朝5時半に起きる。
家のあたりは山のそばなので鳥が多いのだけども、
時にはその鳥たちが騒ぐ前に起きたりする。
朝食を取って6時15分頃に家を出る。
駅まで歩く。まだ景色は青い。
周囲の山には霞がかかり、頂上付近は見えない。
駅のホームにはすでにけっこうな数の人々がいる。
八王子駅で乗り換え。
中央線の到着から一分後に発車する横浜線に乗り換えるため、
連絡通路を全速力で駆けていくのは、
ほとんどがスーツを着たサラリーマン達だ。
なるほど、競争社会は競走社会である、と。
始めの頃は、この殺伐とした空気の中を
心の中でクスクスと笑いながら走っていた。
その笑いを忘れてしまえば、この灰色に
飲み込まれてしまうのではないかという危惧があって、
つまり、自分は客観的な立場からこの風景を見ているのだという、
心理的なポーズを取っていたのだと思う。
いい年をした大人達がスーツを着て毎朝
全力疾走するというのは、
はたから見ればコミカルな風景であり、
当人たちにとっては日常の悲劇だろうかと考える。
これはいつか、ネタにしたいなあと思っている。
とりあえず自分は走るのをやめて、
次の電車に乗る事にした。

町田で乗り換えて伊勢原まで。
乗車時間は全部で約1時間半。
往復3時間のこの時間の使い方が、
今の自分の関心事の一つだ。
始めは、近所の図書館で借りた
考古学関連の本をかたっぱしから読んでいた。
自分は考古学を専攻していたわけではなく、
現場経験も全くなかったので、
周りの人たちに追いつかなくては、と思ったのと、
自分は元来飽きっぽい性格だから、
物事の滑り出しにありがちな
熱烈なモチベーションが持続している間に、
少しでも知識を仕入れておこうと思ったのだ。
しかしある日、本を家に置き忘れてしまった。
さてこの長い時間をどうして過ごしたものかと考え、
脚本のアイデアを練ってみる事にした。
最近、そうした事がひどく苦手になっていて、
アイデアをひらめく瞬発力はあっても、
それを掘り下げる努力ができない。
考えようとしても、脳のどこかが
それを拒否しているような感じで、
すぐに思考が中断してしまう。
しかし、早朝という時間帯が良かったのか、
他に何もできないという制限が良かったのか、
思ったよりもアイデアを転がす事ができた。
その時考えたのは、
巨大なトンボを生産するためには、
巨大なヤゴを飼育する施設が必要だという事。
どのような水流を作り、どのような餌を与えるか、
その施設にはどのような仕事があるか、
(どこまでオートメーション化する事ができるか)
餌はどこでどうやって作られ、どのように運ばれてくるのか、
ヤゴからトンボへと脱皮する際には、
どのような設備や処理が必要となるのか、云々。
こうした思考は、直接脚本に回収されるものであるというよりは、
あくまでバックグラウンドを補強するための
ものかもしれないが、
ある問題点に対して、合理的な回答を探すという形で
思考を進めていくのは、すごく自分の性質に
合っているのだという事がわかった。

話は少し脇道にそれてしまうのだが、
トンボの巨大化について科学的に検討してみると、
生物の進化において、
脊椎動物(恐竜や象やクジラ)がかくも巨大化したのに対し、
外骨格生物(昆虫やエビカニ、サソリなど)の巨大化は
比較的成功しなかったのはなぜか、という疑問が出てくる。
おそらく、身体の中心に骨格をもつ事で、
今までより大きな体重を支えられるようになったのだろうと、
そうした推測はできたのだけども、
それを裏付ける実験について触れた記事がウェブ上にあった。

昆虫の惑星2

該当部分を引用してみると、

『史上最大の昆虫は、およそ3億年前の石炭紀にいたといわれる原ト
ンボ目のメガネウラ・モニーと呼ばれる巨大トンボである。翅を広
げた長さがおよそ60cm、体長は70cmもあった。

このトンボの胴体に類似した円柱を昆虫の外骨格と同じ「クチクラ」
で作って巨大化のシミュレートをした学者がいる。クチクラとは別
名キューティクル(cuticle)ともいい、生物の外表面に分泌される角
質層の総称で、角皮とも呼ばれるものである。

このクチクラで作られた円柱は、直径が50cmを超えたあたりで歪み
始め、やがて潰れたという。自重に勝てないのだ。外骨格は巨大化
には適さないのである。現に、昆虫でこのメガネウラ・モニーを超
える大きさのものは、今のところ出現していない。』

という事だ。
物語の中に、
このメガネウラの遺伝子を改良しながら、
トンボの巨大化に生涯を捧げた科学者を置いてみた場合、
彼はこの問題にどのように対処するであろうか。
おそらく、ヤゴの時点では水中で生活するために、
それほど自重を気にする必要はないだろう。
(古代の海には巨大な外骨格生物がひしめいていた)
だが、ヤゴが水中から上がって脱皮しようとし始めた際に、
地上の重力に晒される事になる。
例えば与える食物を調整する事で、外骨格を強化したり、
羽化直後のトンボの外骨格に直接硬化剤を塗布したり、
軽量で強度の高い物質で作った外骨格とトンボ自身のそれを、
そっくり取り替えたりといった試みをするだろう。

だがもう一つの問題、
昆虫の高い運動能力は、気管系と呼ばれる呼吸システムに
よって成り立っていて、
このシステムそのものが巨大化に適さない、という問題を
どのように扱えばよいのか。

その科学者になったつもりで自分は悩む。
そもそも、そんな巨大トンボが必要なのかどうかも
疑わしいのだが、科学者も自分も、おそらく
それを作りたいから作るだけの事だろう。
フィクションと、フィクションの中の現実という差こそあれ。
そうした欲求が先にあり、
それを必要とする世界を設定していく。
そうやって整合性の辻褄合わせばかりをしていると、
人間同士の葛藤としての物語が、
少しも進展していない事に気づく。

際限なく話が脱線してしまって、
話を再び通勤電車に戻すのが億劫になってしまった。
発掘の事、少しは書こうと思ったのだが、
家を出て電車に乗っただけで終わってしまったなあ。

何が言いたかったんだっけ、
時間の進み方が早くなりました、
それだ。

平日は朝6時過ぎに家を出て、
夜7時半頃に帰宅。
夕食を食べて、風呂に入って、
10時頃就寝。
週末は畑をやったり、撮影に行ったり、編集したり。
ありがたい事に、直前であっても
休みの取れる仕事なので、
急な撮影依頼が入っても対応できるのが助かる。
今までくすぶっていた分を取り戻すかのように、
今は仕事に精を出してます。
そしたら、時間が矢のように過ぎ去っていくんですね。
時間が足りないと感じると、
あれをやりたいとかこれをやりたいとか、
不思議とモチベーションが湧いてくる。
金銭的な貧乏は長い事経験して、
本当に必要なものは色々わかったつもりでいたけれど、
時間貧乏は経験不足だったんだなあ。
高校を出て東京に来た時、
あれだけエネルギーとモチベーションがあったのは、
若さっていうだけじゃなくて、
実質的義務教育の9年間、
(高校は義務教育ではないっていうのは建前だと思う)
興味も無い授業に時間を取られ続けて、
大学にいったら好きな事を勉強していいんだ、
もっと自由なんだ、っていう、
そうした時間貧乏の中で培った飢えが、
自分を動かしていたんだなあって思った。

この忙しさが一生続くのは堪え難いが、
周期的にあれば人生を充実させられるかな、と思う。

とにかく、夢中になりたいんだー。


掘るんです


2010/09/02 14:40  Permalink  

先日にわかに
「National Geographic Channelで働きたい!」
と思い立ちました。
きっかけはほとんどありません。
リチャード・ドーキンスの書いた
遺伝子に関する本を読んでいた中に、
National Geographic Magazineに
関する文章が出てきて、
そこから連想しただけです。
なんて面白そうな仕事なんだ、と。

思えば、17歳の頃に
「映画監督になりたい!」
って思い立った時も、
こんな感じでした。
友人の一人が、
「オレは将来映画監督になる」
って言っているのを聞いて、
「おお、それはどう転んでも面白そうだ」
と思ったにすぎません。
特に映画好きだったわけでもなくて。
一生楽しめる仕事がしたかったんです。

不思議なもので、
そんなささやかで不埒な決意が、
この10年間自分を引っ張ってきました。

大学で映画理論を学び、
自主映画制作に没頭し、
卒業後は映像制作を生業として
どうにか生きてきました。

始めの頃は、自分の内側からあふれ出すものを、
なんとかフィクションの世界で形にしようと
していましたが、
いつのまにか世界と自分を隔てている
薄い膜に気づいたというか、
自分は世界をありのままに見る事ができない、
というコンプレックスが、
そしてこの世界にあふれるあまりに多くの神秘が、
自分の興味をドキュメンタリーという手法に
向かわせたのかもしれません。

とはいっても、いまだにフィクションは
作ろうとしているんですけれど。
なんとか、世界の今と切り結ぶ事のできるような
フィクションを、と思っています。

で、冒頭の話に戻るんですけど、
National Gegraphic Channel で働くっていうのは
ものすごく狭き門のようで、
これはある写真家さんのブログに書いてあった
事なんですけど、
National Geographic から仕事をもらうというのは、
マドンナにラブレターを出して
OKの返事をもらうのと同じ位難しい、と。
マドンナっていうのがすごく時代感出てますけど、
難易度としては伝わりますよね。

ちゅうわけで、
なんとか自分の能力を高めていかなくては、
という思いに至ったわけです。

まずは、ドキュメンタリーに強い
いくつかの制作会社に応募してみました。
その中で、自然科学系に強い老舗の会社さんに、
面接して頂ける事になり、
ここで働けるのなら、ナショジオまで行かなくても
いいんじゃないかと、
もう決意が揺らいだんですがw、
(でもそれ位面白い番組作ってる会社です、
TV嫌いの自分が見たくなるほど)
お会いして話を聞いてみると、
いますぐ現場に入るのは無理なようで、
まずは企画や番組単位で、人手が必要な時に
声をかけて下さるとの事。
ありがたいお言葉なんだけども、
盛り上がった気持ちの収集がつかない。

というわけで、
大分はしょりますけど、
遺跡の発掘調査補助員をやる事になりました。

ナショジオも遺跡の撮影とかやってるし、
この経験は後々活かせるのではないか、
という算段と、
あと単純に、
やってみたかったから、です。

実は昔から、遺跡だとか、古代文明だとか、
そういったジャンルが大好きで、
地元の遺跡に連れて行ってもらったり、
中学生時代にマヤ文明に関する本を
図書館で借りて、夢中で読んでマヤにかぶれたり、
うちの父もわりとそういうのが好きなんですが、
グラハム・ハンコックの『神々の指紋』を
父親が買ってきた時は、
かなりテンション上がったりしてました。
(先日帰省したら、
実家の俺の部屋に『オーパーツの謎に迫る!』
みたいなムー系の本が置かれてて
ちょっとおもしろかった)

発掘場所は神奈川県伊勢原市の
西富岡遺跡、
縄文時代の遺跡だそうです。
伊勢原はどこを掘っても遺跡、
という位に遺跡だらけの場所だそうで、
現在の発掘現場も、
縄文時代から平安中期ごろまでの
遺跡が混在する場所だそうで。

作業としては発掘というよりも
測量がメインになるみたいなんですけど、
面接を行った事務所で修復作業中の
大型土器を見て度肝抜かれました。
ものすごく綺麗なんですよ!
縄文土器ってもっと素朴な風合いの
ものかと思ってたんですが、
すごく均整がとれていて、
セクシーというか、
ざっくり作ってあるようでいて、
すごく繊細という印象を受けました。

ちなみに、現在の技術でも
ああいう土器を作るのは至難の業だそうです。
国宝級の陶芸家が挑戦しても、
似たような風合いはなかなか出ないとの事。

雨の日には屋内作業で、
発掘品の清掃や整理なんかもやれるみたいだし、
目的のわからない謎の遺構なんかもあるみたいで、
心躍るー。

こうした現場に映像で関われたら、
面白いだろうなあ。
アピールしてみよう。

というわけで、しばらく
発掘現場に通う事になりそうです。
シフトの自由はかなり利くようなので、
映像案件にもこれまで通り対応していきます。

ではでは。
新規ステージにいってきまーす。


イタチノヘ 10


2010/08/18 12:18  Permalink  

ノジマ家のリビングルームに冥界への穴が
開いたのは、ちょうど今から一ヶ月ほど前の事だ。
それを最初に発見したのは、
ハウスキーパーとしてこの家で働いている、
ニムサという名の若い女性だった。
ハウスキーパーといっても、
掃除や洗濯といった基本的な家事は大抵、
それらの目的に特化した虫たちが働いてくれるので、
ニムサの役目といえば気まぐれで多動的な幼い兄妹の
面倒を見ることと、彼らがいたずらにひっくり返してしまう
清掃用の虫を元の姿勢に戻してやる事くらいだ。
清掃用の虫というものは、床面のごみやほこりを集める
その性質上扁平な形をとらざるを得ないようで、
一度そうした無邪気な子供らの手で
仰向けにされてしまうと、その六本の足を空しくバタつかせ、
床の上に転がった玩具や家具に背中をのせて運よく
元の姿勢に戻れるまで、ひたすらもがいているのだ。
遺伝子操作は人間のあらゆる欲求に答えられるわけではなく、
自然の中にある多様な形態の中から、
そうした欲求を満たすに最適な形を選び発展させる、
といった所が限界であるらしい。

ともあれ、その日ニムサは、
落ち着きのないその兄妹をなんとか共に
寝かしつける事に成功し、
ようやく自分のための時間がもてたといった所で、
バッグから取り出した電子書籍を読み始めていた。
内容は近頃ベストセラーとなっている
中堅作家の恋愛小説である。
それほど夢中になるでもなく、
かといって退屈するでもなく、
淡々と10分ほど読み進めた頃であったか、
ニムサはふと、異臭のするのに気が付いた。
腐りかけのピンクのような、
生臭い匂いだった。
またか、とニムサは思った。
あの子たちが、食べ物をひっくり返して遊ぶのは
これが初めてではなかったからだ。
そうした事に対する躾はとても難しかった。
子供を叱るという事に対して、
この家の母親はいつも過敏に反応したし、
ニムサ自身、人に対して怒りを表明する事に
大きな抵抗があった。
彼女は、たとえ相手が子供であっても、
関係に不和をもたらすような感情を表に出すことを、
いつもひどく躊躇した。
だが、今回はそうした葛藤に直面する事はなかった。
というのも、兄妹は相変わらず、
幼児用マットの上で寝息を立てていたからだ。
ニムサは匂いの元を探した。
自分の座っていたソファの周辺が一番匂う事に気づき、
恐る恐るその下を覗いた時、
ニムサは戦慄した。
暗がりの中からこちらを見つめる、
二つの瞳と眼があったのだ。
その眼光は、あきらかに何か不吉なものを感じさせ、
同時に、ニムサはひどい嫌悪感を覚えた。
「ギョッ!」という短い叫び声を発して、
そいつはソファの下から飛び出し、
戸棚の裏に入り込んだ。
その動きが素早かったので、
はっきりと姿を見たわけではなかったが、
それはウサギほどの大きさをした、
くすんだ緑色の生き物だった。
ニムサは思わず、武器になりそうなものを部屋の中に求めた。
なかなか手頃な物が見つからなかったが、
最終的に彼女が選んだのは、写真好きのこの家の主人が使う、
小型の三脚だった。
多少重かったが、それは即ち、あの程度の生き物に対しては
この道具が十分な殺傷能力を持つことを意味していた。
ニムサは三脚を片手にもったまま、
例の戸棚に近づき、
おそるおそる足で蹴ってみた。
動く気配は無い。
腰がひけたまま、ニムサは空いている片方の手で
戸棚をガタガタと揺さぶってみた。
今度は音もなくやつが飛び出してきた。
ニムサはすかさず三脚を振り下ろした。
紫色の血があたりに飛び散った。
背中を砕かれもがくその生き物の顔を見て、
ニムサはさらに嫌悪感を募らせた。
口からはとがった薄黄色の牙が覗き、
頭は皺だらけで体毛は無く、つぶれた鼻とまぶたの無い目、
そして、底なしの穴を思わせる暗い瞳。
それは、お伽話に出てくる子鬼に瓜二つの姿だった。
ニムサはためらう事無く再び三脚を振り下ろし、
その息の音が絶えた事を確認すると、
安堵と恍惚の吐息をもらした。

ソファを動かしてみて判ったのは、
いつのまにか床に直径10cm強の穴が開いていたと言う事だった。
やがて帰宅したこの家の主人とその妻は、
突然の事に当惑しながらも、とりあえずはどこまで
続いているのか判らないその穴を埋める事にした。
穴を埋めるのには強化樹脂セメントが使われた。

だがその一週間後、今度は一家が夕食後の団欒をしている
その時に、再び子鬼があらわれた。
夫人は金切り声を上げ、子供は恐怖から母親の体にすがりついた。
夫は猛然と子鬼に飛び掛り、
樹脂の蓋を破ってまだ辺りを見回していた子鬼の頭を素手でつかむと、
それを床に叩きつけ、足で踏み潰した。
夫人も子供たちも、そのように野性的で残酷な夫の姿を見るのは初めてだった。

やがて様々な事が判ってきた。
子鬼は必ず、決まった周期で穴から現れる事。
その穴に、どのような蓋をしても、
必ずそれは破られる事。
子鬼を殺すことは、
それほど難しくは無いという事。

そのうち、リビングルームには子鬼が現れる時刻を
あらかじめ予測したタイマーが置かれ、
アラームがなると同時にノジマ家の住人は
夫人から幼い子供に至るまで、
すかさず手近な武器を取って
子鬼狩りをするようになった。

その殺し方については、
残酷さがどんどんとエスカレートしていき、
生きたまま生皮を剥いだり、
腕や足を捻じ切ったり、
熱した油を浴びせたりと、
思いつく限りの方法を誰もがためし、
そしてそうする事に罪悪感を感じる事もなく、
むしろ恍惚として喜びを感じるのであった。

こうした残酷さ、攻撃性といった、
社会生活を営む人間が普段眠らせている
ある種の感情的な活動を、
極限まで引き出すというのが彼らの能力であり、
そうやって個々の命を犠牲にしながら、
この社会を精神的に侵略していくという、
冥界の計画に人々が気づいたのは、
それからずっと先のことである。


下山


2010/07/27 23:55  Permalink  

Oshino dead が終わって下山、
昨日は使い物にならないほど眠った。
なんだか限界値の底上げをするような現場だったけれども、
そのぶん多くのものを得られたような気がする。
それぞれ自分の好きな事を何十年と積み重ねてきた職人達が、
お祭りという特別な場で自由に遊んでいるような、そんな感じ。
自分の倍以上も歳を重ねているのに、
絶えずカメラを手放さず、
全てのバンドを最前線で撮影して、
全くといっていいほど休憩を取らず、
朝の9時から深夜2時まで撮影し続けて、
それでも楽しそうな情児さんの背中を見ていたら、
こりゃあ無敵だなあと思った。
そのうえ笑顔でずんずん人の懐に入って
おいしい画を撮りまくるのだ。
自分は今回久しぶりに、
生来の引っ込み思案な性質を意識する現場となった。
切り込んで行けばおいしい映像が撮れると
わかっていながら、
なぜか二の足を踏んでしまうのだ。
もどかしかった。
そんなハードルは、
とっくに乗り越えたと思っていたのに。
祭りも終わり間近になって、
ようやく少しだけ開けたかな、という感じ。
60前後のdeadheadsを前に気後れしたのだろうか。
同じ人間なのにね。
相手があんまり堂々としていると、
こっちが小さく弱くなったような
気がするんだなあ、たぶん。
それでは立ち会いに負けるって、
空手で教わったんだけども。
技術的にはレベルアップできたと思うけど、
精神的にはいくつかの課題を突きつけられた形となった。

次のひかり祭りでは、
もっとやれるだろうか。

今日あった少しいいこと。
相模湖に散歩しにいったら、
旅館のおじさんに呼び止められて、
「いつも竹とか拾っていってるでしょ?
あれに何に使うの?芸術的な事?」
「はあ、まあ、そうです、芸術的なw」
「これ持って行かないかい?
こないだ拾って、何か作ろうかと思ったんだけど、
俺センスねえからさあ」
といって、すばらしくねじ曲がった流木(根の部分だろうか)
を取り出してきたのだ。
こんな風に流木を取っておいてくれたおじさんは
実は他にもいたのだが、
一度も話した事のないそのおじさんが
自分が通りかかるのを待っていてくれた事が、
なんだかとても嬉しかった。
と同時に、
いつも流木を拾いに行ってる姿を
見られていたんだなーと、
「狭い町内」って言葉を実感した。
流木でちろちろと、
小物や家具を作ったりしてみています、最近。
触れられる物を作るのも、
映像や音楽とはまた違った
面白みがありますな。



Recent | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16

   日本語  |  English

Search

OrderUs

Order

Twitter

Podcast

Podcast Video Podcast
SunSugarSonPodcast

RecentUpdates

ContactUs

gmail

Administrator

login

Thanks


Support CC - 2008


撮影会社の一括見積なら撮影見積.com