What'sNew  / Films  / CreativeCommons  / Weblog  / OrderUs

SunSugarSonBlog Page 6

雑記


2008/12/17 00:37  Permalink   del.icio.us livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録 Buzzurl このページを行き先登録

新しい映像を少しアップできて嬉しい。

落ち葉が全て散ってしまう前にカメラを回したい。

三ヶ月ほど前に漬けたアンチョビが
かなりおいしくできた。
60匹くらい漬けたのに、
もうなくなりそう。

PCがトロイの木馬にやられた。
反省。

先日、渋谷で人生初のVJを体験。
楽しい。はまりそうだ。

生活のリズムはだいぶ崩れている。
小笠原シックになりそうだ。

3Dグラフィックに手を出す。

なにかひとつ位、
感動した事を書きたい。
先日、
朝の六時ごろ、
近所のお寺に参ったら、
黄金色の木の葉と
真っ青な空、
ひりりと冷たい空気の中、
境内で踊っている女の人がいた。
本堂では七五三に合わせて
お経を上げている。
女の人は踊りながら境内を横切って、
わずかな朝の陽だまりの中へ入り、
太陽の方を向いて、
無表情で、楽しそうに、踊っていた。


近所の古本屋で買った石川達三の
『望みなきに非ず』がすごくよかったので、
『青春の蹉跌』も買ってみる。
どっちも一冊百円。
20ページ目くらいまで読んだら、
押し花が出てきた。
いつから挟まっていたのだろう。
きれいな形のままだった。


HASYMO music video contest


2008/11/25 01:31  Permalink   del.icio.us livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録 Buzzurl このページを行き先登録

自分は本当に情報不精の人間で、
TV無い、ラジオ無い、新聞無い、
ネットほとんど徘徊しない。
アンテナ立てたほうが面白い事は
知っているんだけど、
めったに立てないんです。
で、久しぶりに見つけたのが、

HASYMO music video contest


HASYMOはご存知YMOの3人が再結集したユニットなんだけど、
オフィシャルのPVをプロアマ問わず公募、
メンバー三人が審査するという、
なんとも素敵な企画。
残念ながらもう終わってしまったのだけど。
まあ、損した感じは置いといて、
YOUTUBEで応募作品が全て見られる。
これがすごい。
無名の天才がいるわいるわ。
最優秀作品もかなり良かったけど、
俺はこの作品が好きです。





昔、通勤にゆりかもめを使ってて、
何度か撮影した事もあったけど、
これは思いつかなかったなぁ。
乗ったことのない人のために説明すると、
ゆりかもめって無人運転のモノレール(?)だから、
普通の電車の運転席にあたる部分にも
乗客が乗れちゃうわけで、
臨海地区のビル林を縫って
空を飛んでいるような気分になるんです。

でも、このアイデア思いついた時の
作者さんの心の中の反応って
ものすごかったんだろうなぁ。
ゾクゾクゾクゾクって来ただろうなぁ。
アイデア一発+わずかな味付け
っていうのが憎い。
素材のうまさを引き出すというか。
エレクトロニカ好きな人なんだろうな、きっと。

自分も、引き算で映像を作りたい、
そう思っていたところへ
ぱしっとストライクが入りました。
エレクトロニカのPVやりたいなぁ。


明日は遠足


2008/11/11 02:44  Permalink   del.icio.us livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録 Buzzurl このページを行き先登録

小学生の頃のわくわく感で寝付けない。
早寝早起き週間を始めて三日目で早くも挫折しかけている。
今朝見た夢をきっかけに、自分のやりたい事を考えてみて、あれもしたいこれもしたいで舞い上がってしまった。
いわゆる遠足ハイです。
そのうち、脳内で人生プランなんて立て始めてしまいました。
こないだ友人と話してわかったんだけど、俺はどうやら楽観病らしい。
○の中に楽って書かれた障害者手帳を発行されるそうです。
臆病さを楽観力で乗り越えて、とりあえず初めての海外へ行ってくるよ。
プランの第一歩として。
あと少しだけ、お金貯まったらだけど。
じゃあ第二歩か。


地の道


2008/10/17 02:40  Permalink   del.icio.us livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録 Buzzurl このページを行き先登録

今日はデザイナーの友達に手伝ってもらって、
DVDのメニュー画面を作りました。
友人曰く、
「傍目にはクリエイティブに見えるけど、
実際はすごく地味な作業なんだよね」
全くその通りで、慣れないアプリケーションに
振り回されながら細かい作業にイラリイラリ。
なぜ友人は、こういう作業を嬉々として
やれるのだろうと不思議に思う。
どちらかと言えば自分には苦手な分野で、
1ピクセル単位の微調整とか
「目分量でいいじゃん」と
投げ出したくなりがちなんだけど、
そういう努力の積み重ねが、
きれいなデザインに繋がるんだなぁ、と、
作業のための基本的な姿勢を学ぶ。
単純なアイデア勝負の世界ではないんですね。

そして出来上がってみれば、
独学で作っていたものよりも
かなりスタイリッシュなものが完成。
一つ一つの作業は地味で些細なものだけど、
まとめて見れば確実に努力が実る物なんだと思った。
それは実らない努力を積み重ねた先に
ようやくささやかに実る物なのかもしれないが。
でも、ものづくりって、
なんだってそうなのかもしれない。
何だってと言えるほど
何を知ってるわけでもないけれど。
近道はないんだろうな。

これは極端な話だけれど、
例えば白地に赤い線を一本引いた絵があるとして、
その作品が完成するまでの道というのは、
線の端から端まで筆を走らせた時間ではなくて、
そこに繋がる膨大な時間、経験の総体なんだろう。

うーん、今日は思考がまとまらない。
何かがうまく流れない、
対象をうまく言葉で掴めない感じだ。
頭の普段使わない部分を使ったから、
疲れてるのかな。

そういえば、今日から地元雑司が谷で
御会式が始まりました。
名物の万燈行列は明日の夕方から。
町民がみんなでビート刻み、
巨大な万燈がゆらゆら踊ります。
言葉では無いもので、
すごく大切なものを伝えられるような、
不思議なお祭りですよ。
自分は明日の夜から週末のパーティ撮影のため
東京を離れるのですが、
お時間ある方はふらりと行ってみると、
新しい体験ができますよ。


今日から毛布出して寝ます。
寒くなったから、みんなも
風邪をひかないように気をつけて。。。

オヤスミナサイ。


夜の護国寺


2008/10/10 03:40  Permalink   del.icio.us livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録 Buzzurl このページを行き先登録

小石川あたりの友人宅で作業をさせてもらい、
千駄木の蔵で三十日鳥の稽古に少し顔を出して、
帰り道、ふと気になって護国寺に立ち寄りました。

よく手入れされた松のシルエットの向こうに見える
膨らんだパンのような月が綺麗でした。

本堂の閉じられた扉の前に立つ。
年を経た木材の存在感と言うのはすごい。
照明に照らし出された屋根の裏側の造りもすごい。
とりあえず、閉じた扉に向かって一礼。

護国寺の空は広い。
鈴虫だとかコオロギだとか、
あとは名前もわからない色んな虫が鳴いている。
大仏様の隣の石のベンチで
少し横になってみようかと思ったが、
断りも無しにそんな事をするのも
失礼な気がして、大仏様の前へ。

最近はこういう宗教的な場所に来ると、
なんだか無性に拝みたくなります。
拝まずに勝手に楽しむのが申し訳ないというか。
とにかく一度拝んでおかないと気持ちが悪い。

ここ最近、神秘主義的な傾向が
自分の中で強くなっているのは自覚しているけど。
どうも「いただきます」を言わずに
食事をするのが気持ち悪いのと似ている。

幸い人通りも無いので、
ゆっくりと気持ちを落ち着けて目を閉じ、
深く頭を垂れると、
足音が近づいて来ました。
ゆっくりと体を起こしはしたものの、
どうにも決まりが悪く、
そのまま帰ろうかと思って門へと向かうが、
やっぱりもう少しここに居たいので、
意味も無く髭をいじりながら踵を返す。

歩いてきたのは寺の坊さんのようだ。
こちらには目もくれず、
灯りのついた建物へ向かって歩いてゆく。

「坊さんで良かった」と、
少し安心する。
通り過ぎたのが同世代の人だったりしたら、
かなり恥ずかしい思いをしたはずだ。
そのくせ、こんな事を日記に書くのは、
そこまで抵抗感がない。

一安心して、ベンチに座る。
ゆっくりと呼吸して、虫の声を聞いて、月を眺める。
そうだ、せっかくこんなにいい場所なんだから、
瞑想をしてみよう、と思って目を閉じる。

以前、ひかり祭りでヨガのワークショップを受けた。
講師の先生は、ヨガというのは
自分の呼吸の状態、意識の状態に
自覚的になる事だと言っていた。
自分の呼吸が落ち着いているのか乱れているのか、
自分が何かに気をとられているかそうでないか、
例えば何かの音に気をとられたとして、
それに気をとられた自分に気が付く事。
そういう自分を、ただ観察する事。

リュックを背負ったまま、
ベンチの上で背筋を伸ばし、
ゆっくりと呼吸をする。
また足音がする。
だれかが石段を登ってくる。
急に呼吸が荒くなる。
今の状態を見られる事を恐れている自分がいる。
でも、今ここで瞑想をする事は、
本当に自分の望んでいる事なのだから、
止める必要はないと思う。
目を閉じていれば、
誰の姿も存在しない。
しかし音は聞こえる。
その存在すら、意識しなければ
自分にとっては無いと同じだ。
いつか足音は止んだ。
思考に囚われていた自分に気づき、
今感じられるものに意識を委ねようとする。

音を聞くのでもなく、
まぶたの裏を見るのでもなく、
思考にも囚われず、
ただ、在ること。








完全に自分を無にするのは難しいけど、
呼吸はだいぶ穏やかになった。
立ち上がって石段を降り、
自転車に跨って不忍通りを走り出す。

護国寺という名前から、
国を護るという事、戦争、自民党、
人々の精神状態、それぞれの神、宗教とは云々、
色々考えかけたが、
とりあえず結論の出ない問題は置いといて、
自分の心が穏やかになったら、
世界もだいぶ穏やかになった気がした。



Recent | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14

   日本語  |  English

Search

OrderUs

Order

Twitter

follow me on twitter!
ajax load ロード中...

Podcast

Podcast Video Podcast
SunSugarSonPodcast

RecentUpdates

ContactUs

gmail

Administrator

login

Thanks


Support CC - 2008


撮影会社の一括見積なら撮影見積.com