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SunSugarSonBlog Page 7
三十日鳥と祖父
小笠原で働いていた時に出会った
越前屋さんの演出、振り付けによるダンスが、
今週末から千駄木の小さな蔵で始まります。
詳細はinformationでご覧下さい。
この舞台は、彼女の人柄が本当に良く出ている。
4月の終わりごろ、まだ一ヶ月ほどは小笠原に
滞在する予定だった僕の元に、
一本の電話が入った。
「お兄さんが亡くなったらしいから、実家に電話してあげて」
瞬間、何が何だか判らなかった。
オーナーに断りをいれて洗い場を離れ、
ユースの電話を持って建物の外に出る。
僕の携帯電話は、小笠原では全く使えなかったのだ。
頭の中を様々な憶測がよぎる。
仮に自殺だとして、
正直自分には、兄の死が全く予測できなかった。
そんなにも兄の心の闇は深かったのか。
こんなにも兆しを見せる事無く、
死への欲求というのは育つものなのか。
同じ部屋で育った18年間、
彼は何を考えて暮らしていたのか。
それとも、それは本当に突発的な事故のせいなのか。
だとすれば、兄を襲った死とは
どんな物によって引き起こされたのだろう。
自分がトラックに弾かれそうになった
地元の町のあの場所で、
青い大きなトラックが兄を撥ね飛ばす
決定的な瞬間を想像する。
電話の向こうで、母が出た。
小笠原で家族の声を聞くのはその時が初めてで、
明らかに非日常的な場所で聞く
現実でしかあり得ない家族の声に
妙な違和感を覚えた。
「もしもし、良直だけど」と言うと、
「少々お待ち下さい、今夫と代わりますので」
という答えが返ってくる。
母の精神状態を想像して、
心が冷たくなる思いがした。
やがて父が電話口に出て、
事務的に俺の帰郷の予定を訊ねる。
俺も努めて冷静に答える。
やがて誤解が解けた。
亡くなったのは兄ではなく、
祖父だった。
俺が勤務先の電話番号を家族に伝えて
いなかったために、家族は東京にある
俺の下宿先へ電話をし、
70歳前後と思われる大家さんに伝言、
そこからインターネットをするために
俺の部屋へ通っていた恋人に伝言、
小笠原のユースに伝言が届く頃には、
おじいさんがおにいさんになっていたのだ。
電話口で笑い声が飛び交う。
笑うべきではないと思ったが、
安心しなかったと言えばそれは嘘だ。
そうした経緯もあってか、
祖父の死は、強烈なリアリティを持って
俺の心に迫ってこなかった。
小笠原にいる間は。
その日はたまたま船の出港日で、
(小笠原は週に一本程度しか船の行き来がない)
どうにか通夜に間に合う予定で
僕は船に滑り込むことができた。
同じ船で、小笠原に2、3週間滞在していた
越前屋さんも東京に帰る予定だった。
突然船に乗る事になった僕に、
彼女は何気なく理由を訊ねた。
僕は、祖父の死んだ事を告げた。
大げさな言い方はしなかったはずだ。
その時の彼女の顔を、僕は今でも鮮明に覚えている。
小笠原の強い日差しが彼女の頭に巻かれた
手ぬぐいにあたってできた濃い影の奥で、
二つの目が見開かれ、わずかに濡れて光った。
一瞬で、心の奥まで晒してしまうような、
鋭い悲しみの表情だった。
僕はその時、彼女が自分以上に祖父の死を
実感している事を悟った。
祖父は不器用な人だった。
僕の一番古い記憶は、
怒った祖父が僕の乗っていたアヒルの玩具を
蹴り飛ばす風景だ。
世界が壊れるような恐怖と共に
それは記憶に刻まれたのだろう。
家族みなが祖父の短気な性格を刺激しないように
気を使う毎日だった。
葬式の当日、生前の祖父の話相手だった
隣家のおじさんがこう言ってくれた。
「いい人だったけれど、生まれてきた時代が悪かった、
青春の一番いい時代を全て戦争に奪われてしまった。
だから、次は、もっと平和な時代に生まれ変われるように
お経を唱えておきました」
それまで祖父に対して自分が抱いていたイメージが
その言葉で一気に塗り替えられた。
僕は祖父の育った時代を想像していなかった。
そうしたら、何かが壊れたように涙が出てきた。
そうして初めて、越前屋さんにあの表情をさせた感情が、
自分の中にも起こったと感じたのだ。
OSHOは繊細さに関するインタビューで
次のような事を語っていた。
「なぜ私は繊細なのか?という問いは適当ではない。
なぜなら、人は繊細に生まれ付いているからだ。
子供の内は誰もが繊細である。
だから、問うべきはこうだ。
なぜ私は繊細でないのか?」
彼女は、自分の繊細さを守る術を
身につけてきた人だと思う。
そして繊細さとは、
共感する力の事だ。
そういう人の作っている舞台です。
越前屋さんの演出、振り付けによるダンスが、
今週末から千駄木の小さな蔵で始まります。
詳細はinformationでご覧下さい。
この舞台は、彼女の人柄が本当に良く出ている。
4月の終わりごろ、まだ一ヶ月ほどは小笠原に
滞在する予定だった僕の元に、
一本の電話が入った。
「お兄さんが亡くなったらしいから、実家に電話してあげて」
瞬間、何が何だか判らなかった。
オーナーに断りをいれて洗い場を離れ、
ユースの電話を持って建物の外に出る。
僕の携帯電話は、小笠原では全く使えなかったのだ。
頭の中を様々な憶測がよぎる。
仮に自殺だとして、
正直自分には、兄の死が全く予測できなかった。
そんなにも兄の心の闇は深かったのか。
こんなにも兆しを見せる事無く、
死への欲求というのは育つものなのか。
同じ部屋で育った18年間、
彼は何を考えて暮らしていたのか。
それとも、それは本当に突発的な事故のせいなのか。
だとすれば、兄を襲った死とは
どんな物によって引き起こされたのだろう。
自分がトラックに弾かれそうになった
地元の町のあの場所で、
青い大きなトラックが兄を撥ね飛ばす
決定的な瞬間を想像する。
電話の向こうで、母が出た。
小笠原で家族の声を聞くのはその時が初めてで、
明らかに非日常的な場所で聞く
現実でしかあり得ない家族の声に
妙な違和感を覚えた。
「もしもし、良直だけど」と言うと、
「少々お待ち下さい、今夫と代わりますので」
という答えが返ってくる。
母の精神状態を想像して、
心が冷たくなる思いがした。
やがて父が電話口に出て、
事務的に俺の帰郷の予定を訊ねる。
俺も努めて冷静に答える。
やがて誤解が解けた。
亡くなったのは兄ではなく、
祖父だった。
俺が勤務先の電話番号を家族に伝えて
いなかったために、家族は東京にある
俺の下宿先へ電話をし、
70歳前後と思われる大家さんに伝言、
そこからインターネットをするために
俺の部屋へ通っていた恋人に伝言、
小笠原のユースに伝言が届く頃には、
おじいさんがおにいさんになっていたのだ。
電話口で笑い声が飛び交う。
笑うべきではないと思ったが、
安心しなかったと言えばそれは嘘だ。
そうした経緯もあってか、
祖父の死は、強烈なリアリティを持って
俺の心に迫ってこなかった。
小笠原にいる間は。
その日はたまたま船の出港日で、
(小笠原は週に一本程度しか船の行き来がない)
どうにか通夜に間に合う予定で
僕は船に滑り込むことができた。
同じ船で、小笠原に2、3週間滞在していた
越前屋さんも東京に帰る予定だった。
突然船に乗る事になった僕に、
彼女は何気なく理由を訊ねた。
僕は、祖父の死んだ事を告げた。
大げさな言い方はしなかったはずだ。
その時の彼女の顔を、僕は今でも鮮明に覚えている。
小笠原の強い日差しが彼女の頭に巻かれた
手ぬぐいにあたってできた濃い影の奥で、
二つの目が見開かれ、わずかに濡れて光った。
一瞬で、心の奥まで晒してしまうような、
鋭い悲しみの表情だった。
僕はその時、彼女が自分以上に祖父の死を
実感している事を悟った。
祖父は不器用な人だった。
僕の一番古い記憶は、
怒った祖父が僕の乗っていたアヒルの玩具を
蹴り飛ばす風景だ。
世界が壊れるような恐怖と共に
それは記憶に刻まれたのだろう。
家族みなが祖父の短気な性格を刺激しないように
気を使う毎日だった。
葬式の当日、生前の祖父の話相手だった
隣家のおじさんがこう言ってくれた。
「いい人だったけれど、生まれてきた時代が悪かった、
青春の一番いい時代を全て戦争に奪われてしまった。
だから、次は、もっと平和な時代に生まれ変われるように
お経を唱えておきました」
それまで祖父に対して自分が抱いていたイメージが
その言葉で一気に塗り替えられた。
僕は祖父の育った時代を想像していなかった。
そうしたら、何かが壊れたように涙が出てきた。
そうして初めて、越前屋さんにあの表情をさせた感情が、
自分の中にも起こったと感じたのだ。
OSHOは繊細さに関するインタビューで
次のような事を語っていた。
「なぜ私は繊細なのか?という問いは適当ではない。
なぜなら、人は繊細に生まれ付いているからだ。
子供の内は誰もが繊細である。
だから、問うべきはこうだ。
なぜ私は繊細でないのか?」
彼女は、自分の繊細さを守る術を
身につけてきた人だと思う。
そして繊細さとは、
共感する力の事だ。
そういう人の作っている舞台です。
日記
最近あまり文章を書いていない。
ブログをしばらく書いていないから、
書かなければ、という動機で書くのは嫌だ。
でも、なんとなく、何か綴りたい気もする。
大体、書き始めれば指はひとりでに
つらつらとキーボードを叩き連ねてゆくので、
ためしに書き始めてみる。
一昔前、自分の日記を公開する事に
振り回されていた時期があった。
今にして思えば自意識過剰と片付けられる
のかもしれないが、
当時は何か印象的な出来事に出会った先から、
それを言語化する事に躍起になっていた。
目の前で起きている事を
全身で感じ取る前から
もう頭の中で日記を書き始めていた。
どうもそれが勿体無い、
中身の無い事のような気がして、
しばらく文章を公開する事への欲求を、
意識的に抑えていた。
そうしてたまに、
自分だけが読む日記、
本来的な意味での日記を
書いてみたりしていた。
最近はちょっと変わってきて、
わりと素直に感動できるように
なってきたんじゃないかと思う。
自分の言葉に振り回される事は
あまりなくなったし、
少し混乱が収まったような感じ。
いい文章を読むと
やっぱり刺激されるし、
自分も何か書きたくなる気持ちはある。
10代の頃にとり憑かれたナルシシズムが
20代になってもしばらくは尾を引いていて、
でも二年前に顔の半分が麻痺してから、
少しずつ不要なものが落ち始めて、
自分の表現からも少しずつ、
ケレン味みたいなものが薄れ始めたのでは
ないかと感じている。
そうであってほしいと願っている自分を
感じて、まだまだ道は長く、
今のそうした自覚が期待に近い事は
わかっているつもりだけど。
すべてを削ぎ落として
ソリッドになりたいという気持ちも
ある一方で、
より強く感じているのは、
もっと土臭い、田舎くさい、
ゴチャッとした、でも骨のある表現ってヤツを、
自分の個性を受け入れる事で
出していけたらなあ、という事。
少しずつ書き始めて、
自分の言葉を取り戻していきたいなと思う。
それが、
自分の外側と繋がる手段であればなお良い。
ブログをしばらく書いていないから、
書かなければ、という動機で書くのは嫌だ。
でも、なんとなく、何か綴りたい気もする。
大体、書き始めれば指はひとりでに
つらつらとキーボードを叩き連ねてゆくので、
ためしに書き始めてみる。
一昔前、自分の日記を公開する事に
振り回されていた時期があった。
今にして思えば自意識過剰と片付けられる
のかもしれないが、
当時は何か印象的な出来事に出会った先から、
それを言語化する事に躍起になっていた。
目の前で起きている事を
全身で感じ取る前から
もう頭の中で日記を書き始めていた。
どうもそれが勿体無い、
中身の無い事のような気がして、
しばらく文章を公開する事への欲求を、
意識的に抑えていた。
そうしてたまに、
自分だけが読む日記、
本来的な意味での日記を
書いてみたりしていた。
最近はちょっと変わってきて、
わりと素直に感動できるように
なってきたんじゃないかと思う。
自分の言葉に振り回される事は
あまりなくなったし、
少し混乱が収まったような感じ。
いい文章を読むと
やっぱり刺激されるし、
自分も何か書きたくなる気持ちはある。
10代の頃にとり憑かれたナルシシズムが
20代になってもしばらくは尾を引いていて、
でも二年前に顔の半分が麻痺してから、
少しずつ不要なものが落ち始めて、
自分の表現からも少しずつ、
ケレン味みたいなものが薄れ始めたのでは
ないかと感じている。
そうであってほしいと願っている自分を
感じて、まだまだ道は長く、
今のそうした自覚が期待に近い事は
わかっているつもりだけど。
すべてを削ぎ落として
ソリッドになりたいという気持ちも
ある一方で、
より強く感じているのは、
もっと土臭い、田舎くさい、
ゴチャッとした、でも骨のある表現ってヤツを、
自分の個性を受け入れる事で
出していけたらなあ、という事。
少しずつ書き始めて、
自分の言葉を取り戻していきたいなと思う。
それが、
自分の外側と繋がる手段であればなお良い。
PVできました
久しぶりに徹夜で作業して、
やっと完成しました。
朝の光はやっぱり気持ちいい。
書き出しの時間を利用して、
12時間前に洗ったのに
なかなか干せなかった洗濯物を
朝日の下に運んで、
何日かぶりにじっくり身体を伸ばす。
猫が手に噛み付いてくる。
でもそこでこっちが暴れないと、
そのあとにペロペロなめてくる。
気を許せるかどうか、
測られているような気もする。
あと、絵本展の情報もアップしたので、
詳しくはInformationページをご覧下さい。
やっと完成しました。
朝の光はやっぱり気持ちいい。
書き出しの時間を利用して、
12時間前に洗ったのに
なかなか干せなかった洗濯物を
朝日の下に運んで、
何日かぶりにじっくり身体を伸ばす。
猫が手に噛み付いてくる。
でもそこでこっちが暴れないと、
そのあとにペロペロなめてくる。
気を許せるかどうか、
測られているような気もする。
あと、絵本展の情報もアップしたので、
詳しくはInformationページをご覧下さい。
アジトに住んでます
今、四谷の一軒家で
こねこの世話をしながら
暮らしています。
スペイン人の家主が国に帰っているため。
音出せて広くてシャワーがあって助かる。
あと二週間位で出るのがちょっと寂しい。
ネットが繋がらないので、
友達の持ってきてくれたイーモバで
久しぶりに書き込み。
こねこは大体二ヶ月と三ヶ月。
血は繋がっていないけれど、
兄妹のようです。
兄のほうは少し人間くさく、
今ひざの上から、
この文章が書かれている
ディスプレイを見つめています。
妹のほうはものすごい好奇心で、
奇声をあげては家中を駆け回っています。
PVはタワレコインストアイベントで
一旦流れて、
現在スペースシャワーでのOAに
向けて交渉中だそうです。
直しの依頼も入ったので、
今週中に片付けて
来週前半にはアップできる予定です。
p∞dlesという六人編成のジャムバンド。
かっこいいです。
お楽しみに。
こねこの世話をしながら
暮らしています。
スペイン人の家主が国に帰っているため。
音出せて広くてシャワーがあって助かる。
あと二週間位で出るのがちょっと寂しい。
ネットが繋がらないので、
友達の持ってきてくれたイーモバで
久しぶりに書き込み。
こねこは大体二ヶ月と三ヶ月。
血は繋がっていないけれど、
兄妹のようです。
兄のほうは少し人間くさく、
今ひざの上から、
この文章が書かれている
ディスプレイを見つめています。
妹のほうはものすごい好奇心で、
奇声をあげては家中を駆け回っています。
PVはタワレコインストアイベントで
一旦流れて、
現在スペースシャワーでのOAに
向けて交渉中だそうです。
直しの依頼も入ったので、
今週中に片付けて
来週前半にはアップできる予定です。
p∞dlesという六人編成のジャムバンド。
かっこいいです。
お楽しみに。
PV
急遽、2週間でPVを一本
作ることになりました。
忙し楽しいです。
頭の中を空っぽにしたいと思っても
あれやこれや浮かんできて
それと格闘してた時期もあったのですが、
今は想像力をフルに使っても
まだ足りないような事をやれるのだと思うと、
はしゃぐしかないです。
前に撮影に行ったイベントで
マーレーズってバンドが歌ってた歌に
こんな歌詞があって、
すごく良かったんだけど、
細胞はもっと燃えたがっています
命はもっと燃えたがっています
僕らはもっと燃えたがっています…
燃やしてやろうと思っています、最近。
とりあえず今日はハンズへ。
作ることになりました。
忙し楽しいです。
頭の中を空っぽにしたいと思っても
あれやこれや浮かんできて
それと格闘してた時期もあったのですが、
今は想像力をフルに使っても
まだ足りないような事をやれるのだと思うと、
はしゃぐしかないです。
前に撮影に行ったイベントで
マーレーズってバンドが歌ってた歌に
こんな歌詞があって、
すごく良かったんだけど、
細胞はもっと燃えたがっています
命はもっと燃えたがっています
僕らはもっと燃えたがっています…
燃やしてやろうと思っています、最近。
とりあえず今日はハンズへ。
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