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SunSugarSonBlog Page 9
HASYMO music video contest
自分は本当に情報不精の人間で、
TV無い、ラジオ無い、新聞無い、
ネットほとんど徘徊しない。
アンテナ立てたほうが面白い事は
知っているんだけど、
めったに立てないんです。
で、久しぶりに見つけたのが、
HASYMO music video contest。
HASYMOはご存知YMOの3人が再結集したユニットなんだけど、
オフィシャルのPVをプロアマ問わず公募、
メンバー三人が審査するという、
なんとも素敵な企画。
残念ながらもう終わってしまったのだけど。
まあ、損した感じは置いといて、
YOUTUBEで応募作品が全て見られる。
これがすごい。
無名の天才がいるわいるわ。
最優秀作品もかなり良かったけど、
俺はこの作品が好きです。
昔、通勤にゆりかもめを使ってて、
何度か撮影した事もあったけど、
これは思いつかなかったなぁ。
乗ったことのない人のために説明すると、
ゆりかもめって無人運転のモノレール(?)だから、
普通の電車の運転席にあたる部分にも
乗客が乗れちゃうわけで、
臨海地区のビル林を縫って
空を飛んでいるような気分になるんです。
でも、このアイデア思いついた時の
作者さんの心の中の反応って
ものすごかったんだろうなぁ。
ゾクゾクゾクゾクって来ただろうなぁ。
アイデア一発+わずかな味付け
っていうのが憎い。
素材のうまさを引き出すというか。
エレクトロニカ好きな人なんだろうな、きっと。
自分も、引き算で映像を作りたい、
そう思っていたところへ
ぱしっとストライクが入りました。
エレクトロニカのPVやりたいなぁ。
TV無い、ラジオ無い、新聞無い、
ネットほとんど徘徊しない。
アンテナ立てたほうが面白い事は
知っているんだけど、
めったに立てないんです。
で、久しぶりに見つけたのが、
HASYMO music video contest。
HASYMOはご存知YMOの3人が再結集したユニットなんだけど、
オフィシャルのPVをプロアマ問わず公募、
メンバー三人が審査するという、
なんとも素敵な企画。
残念ながらもう終わってしまったのだけど。
まあ、損した感じは置いといて、
YOUTUBEで応募作品が全て見られる。
これがすごい。
無名の天才がいるわいるわ。
最優秀作品もかなり良かったけど、
俺はこの作品が好きです。
昔、通勤にゆりかもめを使ってて、
何度か撮影した事もあったけど、
これは思いつかなかったなぁ。
乗ったことのない人のために説明すると、
ゆりかもめって無人運転のモノレール(?)だから、
普通の電車の運転席にあたる部分にも
乗客が乗れちゃうわけで、
臨海地区のビル林を縫って
空を飛んでいるような気分になるんです。
でも、このアイデア思いついた時の
作者さんの心の中の反応って
ものすごかったんだろうなぁ。
ゾクゾクゾクゾクって来ただろうなぁ。
アイデア一発+わずかな味付け
っていうのが憎い。
素材のうまさを引き出すというか。
エレクトロニカ好きな人なんだろうな、きっと。
自分も、引き算で映像を作りたい、
そう思っていたところへ
ぱしっとストライクが入りました。
エレクトロニカのPVやりたいなぁ。
明日は遠足
小学生の頃のわくわく感で寝付けない。
早寝早起き週間を始めて三日目で早くも挫折しかけている。
今朝見た夢をきっかけに、自分のやりたい事を考えてみて、あれもしたいこれもしたいで舞い上がってしまった。
いわゆる遠足ハイです。
そのうち、脳内で人生プランなんて立て始めてしまいました。
こないだ友人と話してわかったんだけど、俺はどうやら楽観病らしい。
○の中に楽って書かれた障害者手帳を発行されるそうです。
臆病さを楽観力で乗り越えて、とりあえず初めての海外へ行ってくるよ。
プランの第一歩として。
あと少しだけ、お金貯まったらだけど。
じゃあ第二歩か。
早寝早起き週間を始めて三日目で早くも挫折しかけている。
今朝見た夢をきっかけに、自分のやりたい事を考えてみて、あれもしたいこれもしたいで舞い上がってしまった。
いわゆる遠足ハイです。
そのうち、脳内で人生プランなんて立て始めてしまいました。
こないだ友人と話してわかったんだけど、俺はどうやら楽観病らしい。
○の中に楽って書かれた障害者手帳を発行されるそうです。
臆病さを楽観力で乗り越えて、とりあえず初めての海外へ行ってくるよ。
プランの第一歩として。
あと少しだけ、お金貯まったらだけど。
じゃあ第二歩か。
地の道
今日はデザイナーの友達に手伝ってもらって、
DVDのメニュー画面を作りました。
友人曰く、
「傍目にはクリエイティブに見えるけど、
実際はすごく地味な作業なんだよね」
全くその通りで、慣れないアプリケーションに
振り回されながら細かい作業にイラリイラリ。
なぜ友人は、こういう作業を嬉々として
やれるのだろうと不思議に思う。
どちらかと言えば自分には苦手な分野で、
1ピクセル単位の微調整とか
「目分量でいいじゃん」と
投げ出したくなりがちなんだけど、
そういう努力の積み重ねが、
きれいなデザインに繋がるんだなぁ、と、
作業のための基本的な姿勢を学ぶ。
単純なアイデア勝負の世界ではないんですね。
そして出来上がってみれば、
独学で作っていたものよりも
かなりスタイリッシュなものが完成。
一つ一つの作業は地味で些細なものだけど、
まとめて見れば確実に努力が実る物なんだと思った。
それは実らない努力を積み重ねた先に
ようやくささやかに実る物なのかもしれないが。
でも、ものづくりって、
なんだってそうなのかもしれない。
何だってと言えるほど
何を知ってるわけでもないけれど。
近道はないんだろうな。
これは極端な話だけれど、
例えば白地に赤い線を一本引いた絵があるとして、
その作品が完成するまでの道というのは、
線の端から端まで筆を走らせた時間ではなくて、
そこに繋がる膨大な時間、経験の総体なんだろう。
うーん、今日は思考がまとまらない。
何かがうまく流れない、
対象をうまく言葉で掴めない感じだ。
頭の普段使わない部分を使ったから、
疲れてるのかな。
そういえば、今日から地元雑司が谷で
御会式が始まりました。
名物の万燈行列は明日の夕方から。
町民がみんなでビート刻み、
巨大な万燈がゆらゆら踊ります。
言葉では無いもので、
すごく大切なものを伝えられるような、
不思議なお祭りですよ。
自分は明日の夜から週末のパーティ撮影のため
東京を離れるのですが、
お時間ある方はふらりと行ってみると、
新しい体験ができますよ。
今日から毛布出して寝ます。
寒くなったから、みんなも
風邪をひかないように気をつけて。。。
オヤスミナサイ。
DVDのメニュー画面を作りました。
友人曰く、
「傍目にはクリエイティブに見えるけど、
実際はすごく地味な作業なんだよね」
全くその通りで、慣れないアプリケーションに
振り回されながら細かい作業にイラリイラリ。
なぜ友人は、こういう作業を嬉々として
やれるのだろうと不思議に思う。
どちらかと言えば自分には苦手な分野で、
1ピクセル単位の微調整とか
「目分量でいいじゃん」と
投げ出したくなりがちなんだけど、
そういう努力の積み重ねが、
きれいなデザインに繋がるんだなぁ、と、
作業のための基本的な姿勢を学ぶ。
単純なアイデア勝負の世界ではないんですね。
そして出来上がってみれば、
独学で作っていたものよりも
かなりスタイリッシュなものが完成。
一つ一つの作業は地味で些細なものだけど、
まとめて見れば確実に努力が実る物なんだと思った。
それは実らない努力を積み重ねた先に
ようやくささやかに実る物なのかもしれないが。
でも、ものづくりって、
なんだってそうなのかもしれない。
何だってと言えるほど
何を知ってるわけでもないけれど。
近道はないんだろうな。
これは極端な話だけれど、
例えば白地に赤い線を一本引いた絵があるとして、
その作品が完成するまでの道というのは、
線の端から端まで筆を走らせた時間ではなくて、
そこに繋がる膨大な時間、経験の総体なんだろう。
うーん、今日は思考がまとまらない。
何かがうまく流れない、
対象をうまく言葉で掴めない感じだ。
頭の普段使わない部分を使ったから、
疲れてるのかな。
そういえば、今日から地元雑司が谷で
御会式が始まりました。
名物の万燈行列は明日の夕方から。
町民がみんなでビート刻み、
巨大な万燈がゆらゆら踊ります。
言葉では無いもので、
すごく大切なものを伝えられるような、
不思議なお祭りですよ。
自分は明日の夜から週末のパーティ撮影のため
東京を離れるのですが、
お時間ある方はふらりと行ってみると、
新しい体験ができますよ。
今日から毛布出して寝ます。
寒くなったから、みんなも
風邪をひかないように気をつけて。。。
オヤスミナサイ。
夜の護国寺
小石川あたりの友人宅で作業をさせてもらい、
千駄木の蔵で三十日鳥の稽古に少し顔を出して、
帰り道、ふと気になって護国寺に立ち寄りました。
よく手入れされた松のシルエットの向こうに見える
膨らんだパンのような月が綺麗でした。
本堂の閉じられた扉の前に立つ。
年を経た木材の存在感と言うのはすごい。
照明に照らし出された屋根の裏側の造りもすごい。
とりあえず、閉じた扉に向かって一礼。
護国寺の空は広い。
鈴虫だとかコオロギだとか、
あとは名前もわからない色んな虫が鳴いている。
大仏様の隣の石のベンチで
少し横になってみようかと思ったが、
断りも無しにそんな事をするのも
失礼な気がして、大仏様の前へ。
最近はこういう宗教的な場所に来ると、
なんだか無性に拝みたくなります。
拝まずに勝手に楽しむのが申し訳ないというか。
とにかく一度拝んでおかないと気持ちが悪い。
ここ最近、神秘主義的な傾向が
自分の中で強くなっているのは自覚しているけど。
どうも「いただきます」を言わずに
食事をするのが気持ち悪いのと似ている。
幸い人通りも無いので、
ゆっくりと気持ちを落ち着けて目を閉じ、
深く頭を垂れると、
足音が近づいて来ました。
ゆっくりと体を起こしはしたものの、
どうにも決まりが悪く、
そのまま帰ろうかと思って門へと向かうが、
やっぱりもう少しここに居たいので、
意味も無く髭をいじりながら踵を返す。
歩いてきたのは寺の坊さんのようだ。
こちらには目もくれず、
灯りのついた建物へ向かって歩いてゆく。
「坊さんで良かった」と、
少し安心する。
通り過ぎたのが同世代の人だったりしたら、
かなり恥ずかしい思いをしたはずだ。
そのくせ、こんな事を日記に書くのは、
そこまで抵抗感がない。
一安心して、ベンチに座る。
ゆっくりと呼吸して、虫の声を聞いて、月を眺める。
そうだ、せっかくこんなにいい場所なんだから、
瞑想をしてみよう、と思って目を閉じる。
以前、ひかり祭りでヨガのワークショップを受けた。
講師の先生は、ヨガというのは
自分の呼吸の状態、意識の状態に
自覚的になる事だと言っていた。
自分の呼吸が落ち着いているのか乱れているのか、
自分が何かに気をとられているかそうでないか、
例えば何かの音に気をとられたとして、
それに気をとられた自分に気が付く事。
そういう自分を、ただ観察する事。
リュックを背負ったまま、
ベンチの上で背筋を伸ばし、
ゆっくりと呼吸をする。
また足音がする。
だれかが石段を登ってくる。
急に呼吸が荒くなる。
今の状態を見られる事を恐れている自分がいる。
でも、今ここで瞑想をする事は、
本当に自分の望んでいる事なのだから、
止める必要はないと思う。
目を閉じていれば、
誰の姿も存在しない。
しかし音は聞こえる。
その存在すら、意識しなければ
自分にとっては無いと同じだ。
いつか足音は止んだ。
思考に囚われていた自分に気づき、
今感じられるものに意識を委ねようとする。
音を聞くのでもなく、
まぶたの裏を見るのでもなく、
思考にも囚われず、
ただ、在ること。
。
。
。
完全に自分を無にするのは難しいけど、
呼吸はだいぶ穏やかになった。
立ち上がって石段を降り、
自転車に跨って不忍通りを走り出す。
護国寺という名前から、
国を護るという事、戦争、自民党、
人々の精神状態、それぞれの神、宗教とは云々、
色々考えかけたが、
とりあえず結論の出ない問題は置いといて、
自分の心が穏やかになったら、
世界もだいぶ穏やかになった気がした。
千駄木の蔵で三十日鳥の稽古に少し顔を出して、
帰り道、ふと気になって護国寺に立ち寄りました。
よく手入れされた松のシルエットの向こうに見える
膨らんだパンのような月が綺麗でした。
本堂の閉じられた扉の前に立つ。
年を経た木材の存在感と言うのはすごい。
照明に照らし出された屋根の裏側の造りもすごい。
とりあえず、閉じた扉に向かって一礼。
護国寺の空は広い。
鈴虫だとかコオロギだとか、
あとは名前もわからない色んな虫が鳴いている。
大仏様の隣の石のベンチで
少し横になってみようかと思ったが、
断りも無しにそんな事をするのも
失礼な気がして、大仏様の前へ。
最近はこういう宗教的な場所に来ると、
なんだか無性に拝みたくなります。
拝まずに勝手に楽しむのが申し訳ないというか。
とにかく一度拝んでおかないと気持ちが悪い。
ここ最近、神秘主義的な傾向が
自分の中で強くなっているのは自覚しているけど。
どうも「いただきます」を言わずに
食事をするのが気持ち悪いのと似ている。
幸い人通りも無いので、
ゆっくりと気持ちを落ち着けて目を閉じ、
深く頭を垂れると、
足音が近づいて来ました。
ゆっくりと体を起こしはしたものの、
どうにも決まりが悪く、
そのまま帰ろうかと思って門へと向かうが、
やっぱりもう少しここに居たいので、
意味も無く髭をいじりながら踵を返す。
歩いてきたのは寺の坊さんのようだ。
こちらには目もくれず、
灯りのついた建物へ向かって歩いてゆく。
「坊さんで良かった」と、
少し安心する。
通り過ぎたのが同世代の人だったりしたら、
かなり恥ずかしい思いをしたはずだ。
そのくせ、こんな事を日記に書くのは、
そこまで抵抗感がない。
一安心して、ベンチに座る。
ゆっくりと呼吸して、虫の声を聞いて、月を眺める。
そうだ、せっかくこんなにいい場所なんだから、
瞑想をしてみよう、と思って目を閉じる。
以前、ひかり祭りでヨガのワークショップを受けた。
講師の先生は、ヨガというのは
自分の呼吸の状態、意識の状態に
自覚的になる事だと言っていた。
自分の呼吸が落ち着いているのか乱れているのか、
自分が何かに気をとられているかそうでないか、
例えば何かの音に気をとられたとして、
それに気をとられた自分に気が付く事。
そういう自分を、ただ観察する事。
リュックを背負ったまま、
ベンチの上で背筋を伸ばし、
ゆっくりと呼吸をする。
また足音がする。
だれかが石段を登ってくる。
急に呼吸が荒くなる。
今の状態を見られる事を恐れている自分がいる。
でも、今ここで瞑想をする事は、
本当に自分の望んでいる事なのだから、
止める必要はないと思う。
目を閉じていれば、
誰の姿も存在しない。
しかし音は聞こえる。
その存在すら、意識しなければ
自分にとっては無いと同じだ。
いつか足音は止んだ。
思考に囚われていた自分に気づき、
今感じられるものに意識を委ねようとする。
音を聞くのでもなく、
まぶたの裏を見るのでもなく、
思考にも囚われず、
ただ、在ること。
。
。
。
完全に自分を無にするのは難しいけど、
呼吸はだいぶ穏やかになった。
立ち上がって石段を降り、
自転車に跨って不忍通りを走り出す。
護国寺という名前から、
国を護るという事、戦争、自民党、
人々の精神状態、それぞれの神、宗教とは云々、
色々考えかけたが、
とりあえず結論の出ない問題は置いといて、
自分の心が穏やかになったら、
世界もだいぶ穏やかになった気がした。
三十日鳥と祖父
小笠原で働いていた時に出会った
越前屋さんの演出、振り付けによるダンスが、
今週末から千駄木の小さな蔵で始まります。
詳細はinformationでご覧下さい。
この舞台は、彼女の人柄が本当に良く出ている。
4月の終わりごろ、まだ一ヶ月ほどは小笠原に
滞在する予定だった僕の元に、
一本の電話が入った。
「お兄さんが亡くなったらしいから、実家に電話してあげて」
瞬間、何が何だか判らなかった。
オーナーに断りをいれて洗い場を離れ、
ユースの電話を持って建物の外に出る。
僕の携帯電話は、小笠原では全く使えなかったのだ。
頭の中を様々な憶測がよぎる。
仮に自殺だとして、
正直自分には、兄の死が全く予測できなかった。
そんなにも兄の心の闇は深かったのか。
こんなにも兆しを見せる事無く、
死への欲求というのは育つものなのか。
同じ部屋で育った18年間、
彼は何を考えて暮らしていたのか。
それとも、それは本当に突発的な事故のせいなのか。
だとすれば、兄を襲った死とは
どんな物によって引き起こされたのだろう。
自分がトラックに弾かれそうになった
地元の町のあの場所で、
青い大きなトラックが兄を撥ね飛ばす
決定的な瞬間を想像する。
電話の向こうで、母が出た。
小笠原で家族の声を聞くのはその時が初めてで、
明らかに非日常的な場所で聞く
現実でしかあり得ない家族の声に
妙な違和感を覚えた。
「もしもし、良直だけど」と言うと、
「少々お待ち下さい、今夫と代わりますので」
という答えが返ってくる。
母の精神状態を想像して、
心が冷たくなる思いがした。
やがて父が電話口に出て、
事務的に俺の帰郷の予定を訊ねる。
俺も努めて冷静に答える。
やがて誤解が解けた。
亡くなったのは兄ではなく、
祖父だった。
俺が勤務先の電話番号を家族に伝えて
いなかったために、家族は東京にある
俺の下宿先へ電話をし、
70歳前後と思われる大家さんに伝言、
そこからインターネットをするために
俺の部屋へ通っていた恋人に伝言、
小笠原のユースに伝言が届く頃には、
おじいさんがおにいさんになっていたのだ。
電話口で笑い声が飛び交う。
笑うべきではないと思ったが、
安心しなかったと言えばそれは嘘だ。
そうした経緯もあってか、
祖父の死は、強烈なリアリティを持って
俺の心に迫ってこなかった。
小笠原にいる間は。
その日はたまたま船の出港日で、
(小笠原は週に一本程度しか船の行き来がない)
どうにか通夜に間に合う予定で
僕は船に滑り込むことができた。
同じ船で、小笠原に2、3週間滞在していた
越前屋さんも東京に帰る予定だった。
突然船に乗る事になった僕に、
彼女は何気なく理由を訊ねた。
僕は、祖父の死んだ事を告げた。
大げさな言い方はしなかったはずだ。
その時の彼女の顔を、僕は今でも鮮明に覚えている。
小笠原の強い日差しが彼女の頭に巻かれた
手ぬぐいにあたってできた濃い影の奥で、
二つの目が見開かれ、わずかに濡れて光った。
一瞬で、心の奥まで晒してしまうような、
鋭い悲しみの表情だった。
僕はその時、彼女が自分以上に祖父の死を
実感している事を悟った。
祖父は不器用な人だった。
僕の一番古い記憶は、
怒った祖父が僕の乗っていたアヒルの玩具を
蹴り飛ばす風景だ。
世界が壊れるような恐怖と共に
それは記憶に刻まれたのだろう。
家族みなが祖父の短気な性格を刺激しないように
気を使う毎日だった。
葬式の当日、生前の祖父の話相手だった
隣家のおじさんがこう言ってくれた。
「いい人だったけれど、生まれてきた時代が悪かった、
青春の一番いい時代を全て戦争に奪われてしまった。
だから、次は、もっと平和な時代に生まれ変われるように
お経を唱えておきました」
それまで祖父に対して自分が抱いていたイメージが
その言葉で一気に塗り替えられた。
僕は祖父の育った時代を想像していなかった。
そうしたら、何かが壊れたように涙が出てきた。
そうして初めて、越前屋さんにあの表情をさせた感情が、
自分の中にも起こったと感じたのだ。
OSHOは繊細さに関するインタビューで
次のような事を語っていた。
「なぜ私は繊細なのか?という問いは適当ではない。
なぜなら、人は繊細に生まれ付いているからだ。
子供の内は誰もが繊細である。
だから、問うべきはこうだ。
なぜ私は繊細でないのか?」
彼女は、自分の繊細さを守る術を
身につけてきた人だと思う。
そして繊細さとは、
共感する力の事だ。
そういう人の作っている舞台です。
越前屋さんの演出、振り付けによるダンスが、
今週末から千駄木の小さな蔵で始まります。
詳細はinformationでご覧下さい。
この舞台は、彼女の人柄が本当に良く出ている。
4月の終わりごろ、まだ一ヶ月ほどは小笠原に
滞在する予定だった僕の元に、
一本の電話が入った。
「お兄さんが亡くなったらしいから、実家に電話してあげて」
瞬間、何が何だか判らなかった。
オーナーに断りをいれて洗い場を離れ、
ユースの電話を持って建物の外に出る。
僕の携帯電話は、小笠原では全く使えなかったのだ。
頭の中を様々な憶測がよぎる。
仮に自殺だとして、
正直自分には、兄の死が全く予測できなかった。
そんなにも兄の心の闇は深かったのか。
こんなにも兆しを見せる事無く、
死への欲求というのは育つものなのか。
同じ部屋で育った18年間、
彼は何を考えて暮らしていたのか。
それとも、それは本当に突発的な事故のせいなのか。
だとすれば、兄を襲った死とは
どんな物によって引き起こされたのだろう。
自分がトラックに弾かれそうになった
地元の町のあの場所で、
青い大きなトラックが兄を撥ね飛ばす
決定的な瞬間を想像する。
電話の向こうで、母が出た。
小笠原で家族の声を聞くのはその時が初めてで、
明らかに非日常的な場所で聞く
現実でしかあり得ない家族の声に
妙な違和感を覚えた。
「もしもし、良直だけど」と言うと、
「少々お待ち下さい、今夫と代わりますので」
という答えが返ってくる。
母の精神状態を想像して、
心が冷たくなる思いがした。
やがて父が電話口に出て、
事務的に俺の帰郷の予定を訊ねる。
俺も努めて冷静に答える。
やがて誤解が解けた。
亡くなったのは兄ではなく、
祖父だった。
俺が勤務先の電話番号を家族に伝えて
いなかったために、家族は東京にある
俺の下宿先へ電話をし、
70歳前後と思われる大家さんに伝言、
そこからインターネットをするために
俺の部屋へ通っていた恋人に伝言、
小笠原のユースに伝言が届く頃には、
おじいさんがおにいさんになっていたのだ。
電話口で笑い声が飛び交う。
笑うべきではないと思ったが、
安心しなかったと言えばそれは嘘だ。
そうした経緯もあってか、
祖父の死は、強烈なリアリティを持って
俺の心に迫ってこなかった。
小笠原にいる間は。
その日はたまたま船の出港日で、
(小笠原は週に一本程度しか船の行き来がない)
どうにか通夜に間に合う予定で
僕は船に滑り込むことができた。
同じ船で、小笠原に2、3週間滞在していた
越前屋さんも東京に帰る予定だった。
突然船に乗る事になった僕に、
彼女は何気なく理由を訊ねた。
僕は、祖父の死んだ事を告げた。
大げさな言い方はしなかったはずだ。
その時の彼女の顔を、僕は今でも鮮明に覚えている。
小笠原の強い日差しが彼女の頭に巻かれた
手ぬぐいにあたってできた濃い影の奥で、
二つの目が見開かれ、わずかに濡れて光った。
一瞬で、心の奥まで晒してしまうような、
鋭い悲しみの表情だった。
僕はその時、彼女が自分以上に祖父の死を
実感している事を悟った。
祖父は不器用な人だった。
僕の一番古い記憶は、
怒った祖父が僕の乗っていたアヒルの玩具を
蹴り飛ばす風景だ。
世界が壊れるような恐怖と共に
それは記憶に刻まれたのだろう。
家族みなが祖父の短気な性格を刺激しないように
気を使う毎日だった。
葬式の当日、生前の祖父の話相手だった
隣家のおじさんがこう言ってくれた。
「いい人だったけれど、生まれてきた時代が悪かった、
青春の一番いい時代を全て戦争に奪われてしまった。
だから、次は、もっと平和な時代に生まれ変われるように
お経を唱えておきました」
それまで祖父に対して自分が抱いていたイメージが
その言葉で一気に塗り替えられた。
僕は祖父の育った時代を想像していなかった。
そうしたら、何かが壊れたように涙が出てきた。
そうして初めて、越前屋さんにあの表情をさせた感情が、
自分の中にも起こったと感じたのだ。
OSHOは繊細さに関するインタビューで
次のような事を語っていた。
「なぜ私は繊細なのか?という問いは適当ではない。
なぜなら、人は繊細に生まれ付いているからだ。
子供の内は誰もが繊細である。
だから、問うべきはこうだ。
なぜ私は繊細でないのか?」
彼女は、自分の繊細さを守る術を
身につけてきた人だと思う。
そして繊細さとは、
共感する力の事だ。
そういう人の作っている舞台です。
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